二十六 沙奈子編 「拒絶」
「荷物は私達が見ておきますから、沙奈子ちゃんと遊んであげてください」
一通り沙奈子と、いや、沙奈子で遊んだ二人はシートに座ってそう言った。正直言って僕は見てるだけで良かったんだけど、確かにせっかくだから彼女と遊んであげた方がいいかなとも思った。でも僕は、泳ぐ気は全くなかったから水着は持ってきてない。それでも一応、膝丈のズボンにしておいたから波打ち際で遊ぶくらいなら大丈夫かな。
そう思って沙奈子のところに行くと、彼女は何とも言えない表情で僕のことを見上げたのだった。怒ってるのか恨めしいのか、とにかく何とも言えない表情だった。
「ごめん…。みんなで来た方が楽しいかなと思ったけど、やっぱり二人だけの方がよかったかな…」
僕がそう言って頭を下げると、ふっと表情が穏やかになった。言いたいことが分かってもらえたということかなと思った。
それから沙奈子と一緒に遊んだけど、彼女はもう海に入ろうとはせず、波打ち際で貝殻を拾ってたから、僕もそれに付き合った。どう楽しいのか僕にはよく分からなかったけど、少なくとも彼女が嬉しそうにしてたから、これでいいと思った。
だけど、二人で貝殻集めをしながら、僕はふとあることに気が付いたのだった。そう言えば、沙奈子は今日、やけに自分の気持ちを表に出してるような気がする。特に、伊藤さんと山田さんに対しては、あからさまなくらい警戒心をむき出しにして拒絶してることに気が付いた。
以前の彼女なら、相手の機嫌を損ねないようになるべく言いなりになる感じだったはずなのに、今日は随分と素直に嫌がってた気がする。とは言え、口に出してそう言ってた訳じゃないから、あくまで僕だから気付いたっていうのもあるかも知れないけど、それにしたって正直だったと思う。
けれどそれは、もしかしたらいい傾向かも知れないとも思った。ちゃんと自分の気持ちを表せるようになってきてるのかもしれないと思った。でないと、以前の沙奈子だったら、本当に連れ去ろうとしてる奴が相手でも従順に従ってしまったかもしれないし。それを考えたら、嫌なことは嫌だと言えるようになるのは大事なんだと思う。
でも、そんな風に彼女の変化を考察してた時、僕は何かの気配を感じて、自分たちのパラソルの方に振り返った。すると、伊藤さんと山田さんに、大学生風の若い二人組の男が声を掛けているのが見えた。だけどその様子はとても和やかな感じじゃないどころか明らかに二人が迷惑そうにしてるのが分かった。
ナンパだ!。僕はそう思って、沙奈子に、
「ごめん、ちょっとここで待ってて」
と言って、二人の方へと向かった。
「あの…。その人たちは僕の連れなんですけど、何か用ですか?」
正直言ってちょっと怖かったけど、放っておくわけにもいかなくて僕は思い切ってそう声を掛けた。そうしたら、その大学生風の二人連れは一瞬だけ僕の方を見て、
「あ、そう」
とだけ言ってすぐに伊藤さんと山田さんの方に向き直り、
「俺らと遊んだほうがもっと楽しいよ」
とか言いながら、彼女たちの手を掴んだのだった。すると彼女らは、
「ちょっと、触らないで!」
と間違いなくイライラした感じで振り払ったのだった。
瞬間、不穏な空気になったのが、僕にも分かった。何とかしなきゃと思ったけど、頭が真っ白になってしまって何も考えられなかった。そうしたら彼女らが言った。
「ほらほら、監視員さんが睨んでますよ」
そう言って指を指した方を男たちが見た。僕もつられて目を向けるとそこには、ものすごいいかつい顔をしたライフセーバーのお兄さんが、中身の入ったスチール缶でも楽々握りつぶして破裂させそうなムッキムキの大きな体でものすごい無言の圧力を男たちの方に向かって発していたのだった。
こ、怖い…。
別に僕は睨まれてなかったけど、それでもかなり怖かった。その迫力に圧されたのか、男たちはすごすごと退散していった。そして僕は気付いたのだった。伊藤さん(たぶん)が『いた』と言っていたのは、このライフセーバーの人だったんだ。その彼に向かって「ありがとうございます」と頭を下げた彼女たちの言葉が、それを裏付けた。
「あの監視員さんには、毎年お世話になってるんですよ。うっとうしいナンパ男対策で」
なるほど…。自分が男として頼りにされてなかったことは少し情けなかったけど、僕にそういうことができないのは事実だから受け止めるしか仕方なかった。それよりも、こういう事態をきちんと想定して対策を取っていた彼女たちに素直に感心していた。
でも彼女たちはもうそんなことはなかったみたいにケロッとして、
「そろそろお昼ですけど、どうします?。交代で食べに行きます?。私たちは交代でいいと思いますけど」
って言った。そうか、もうそんな時間なのか。
「じゃあ、交代で」
僕がそう言うと、
「そしたら、沙奈子ちゃんと先に行ってきてください。私たちここで待ってますから」
と言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
沙奈子を連れて海の家で、二人で焼きそばを頼んだ。でも正直、あんまり美味しくなかった。こんなものなのかなと思った。だから口直しにかき氷を頼んで、それを持って彼女たちのところに戻ると、今度は彼女たちがお昼を食べに行った。
僕と沙奈子はパラソルの下で海を見ながらかき氷を食べた。見たら、頭を押さえてる。アイスクリーム頭痛ってやつだと思った。
「かき氷の入れ物を頭に着けたら楽になるよ」
そう言って、冷たくなった僕のかき氷の容器を沙奈子のおでこに着けてあげた。するとすぐ、彼女は驚いた顔で僕を見た。
「治った?」って訊いたら、「うん」と彼女が応えた。
「冷たいものを食べて頭が痛くなったら、冷たいものを頭に着けるんだ。そうするとすぐに治るんだよ」
と言った。沙奈子は感心したような表情で僕を見てくれていた。
その後は頭が痛くならないように気を付けてゆっくり食べるようにして、二人で海を眺めた。
かき氷を食べ終わると今度は、周りの貝殻を拾い集めて、リュックのポケットに残ってた、臨海学校の時に使ったビニール袋に入れた。
でもその時また何か気配を感じて振り返ると、また伊藤さんと山田さんが今度は三人組のナンパ男に迫られていた。さっきと同じで上手くいかないとは思ったけど、やっぱり放っておくわけにはいかないから、
「伊藤さ~ん、山田さ~ん。何してるんですか~?」
と、連れアピールをしてみた。すると今回はあっさりとナンパ男たちは諦めたみたいだった。結局その後も、3回くらい彼女たちはナンパされそうになって、その度に僕が連れアピールすることになった。幸いそれらは全部上手くいったけど、やっぱり男らしく、ガン!と言えないのは我ながら情けなかった。
「そんなことないですよ、山下さん。山下さんは立派です。少なくとも助けようとしてくれるんですから。相手が迷惑がってるのに強引にナンパしてくる方が悪いんです。山下さんは何も悪くありません」
と慰められても、素直に喜べないのだった。




