二千五百八十六 沙奈子編 「デリカシーがない」
『じゃあ、『自分たち家族はこんなに仲良しなんです』みたいなアピールは、あんまりしないようにしなくちゃね』
こう言うと今度はそれに対して、
『他人の顔色ばっかり窺って、自分の幸せを表現できないとかおかしい!』
みたいに言う人が出てくると思う。だけど僕は、
『自分たちが幸せなのを他の誰かに認めてもらう必要』
そのものを感じないんだよ。だからそもそも他の人に自分たちがいかに幸せかを知ってもらう必要も感じない。それを知ってもらいたいと思うのはなぜ?。何のためにそれを他の誰かに知ってもらいたいと思うの?。
僕は今の時点で満たされてて、別にこの上で誰かに、
『幸せそうな家族でいいですね』
的に賞賛されたいとは思わないんだ。その必要を感じないんだ。
もちろんこのこと自体、沙奈子に押し付けるつもりはないよ。沙奈子がもしそういうアピールを他の誰かに対してしたいと思うのなら、無理に抑え付けるつもりもない。ただ、実際に今の世の中で起こってることを見たら、せっかくの自分たちの幸せに水を差される結果になることも少なくないんだろうなっていうのが分かってしまうだけなんだ。
『その可能性があるのが分かっててその上でアピールせずにいられない』
というのは、それ自体が少し引っかかりを感じるし。
『どうして、『アピールせずにいられない』んだろう?』
って思うんだ。何がそこまでさせるんだろうね。
幸い、沙奈子は『じゃあ、『自分たち家族はこんなに仲良しなんです』みたいなアピールは、あんまりしないようにしなくちゃね』という僕の言葉に『うん』とためらうことなく頷いてくれた。その時の様子を見る限り、素直に受け入れてくれたんだと感じる。
もちろんそこにも僕と沙奈子との間で『認識のズレ』があるかもしれないという可能性そのものは否定できないのも分かってる。分かってるけど、少なくとも嫌々納得したふりをしてるわけじゃないのは確かだと感じるんだ。
「僕たちの幸せは僕たちのものだからね。他の人にそれを知ってもらう必要は別にないとお父さんは思ってる。僕たちが幸せなのは僕たちだけが知ってればいいことだよね」
その僕の言葉にも、
「だよね。私たちは私たち、他の人たちは他の人たちでいいよね」
そう言ってくれる。
「うん。『幸せのおすそ分け』みたいなことを言う人も世の中にはいるけど、それって他の人からすれば『大きなお世話』って感じることもあると思うんだ。それを考えないのは、『デリカシーがない』って言われても仕方ないとお父さんは思う」




