二千五百八十一 沙奈子編 「お父さんの考えを」
『だけど私は、お父さんは優しいと思う』
沙奈子がそう言ってくれたことに対して、
「お父さんは決して、沙奈子が僕のことを『優しい』と思ってくれてるのを否定したいわけじゃないんだよ。ただ、『優しさ』って言葉を都合よく利用してる人がいるのを見てきてるから、お父さんのことをよく知らない人が『優しい人』みたいに言うのはピンとこないってだけなんだ。お父さんの一面だけを見て『優しい人』だと決め付けて、それで自分にとって都合の悪い部分が見えたら今度は『そんな人だとは思わなかった』みたいに言う人が世の中にはすごく多いから」
詳しく説明させてもらった。これも今までも何度か沙奈子の前で口にしたことだった。だけど、
「それは分かるけど……」
彼女はまだ『腑に落ちない』と言いたげな表情で僕を見る。だから、
「いいよいいよ。今はまだ分からなくていい。さっきも言ったとおり、お父さんは沙奈子の言いたいことを否定したいわけじゃないんだから。ただ『これがお父さんが沙奈子の倍くらい生きてきた上での実感』ってだけだから。お父さんと沙奈子は『別の人』なんだから、お父さんが感じたとおりに沙奈子も感じなきゃいけないっていうわけでもないんだよ」
とも、改めて付け加えさせてもらった。
「うん……」
僕の言葉に沙奈子は頷きつつも、やっぱり納得はできてないのを感じる。
だけど、今も言った通り、『お父さんの考えを一から十まですべて受け入れろ』なんて言いたいわけじゃないし、そんなことは思ってもいない。『お父さんの言うことに従っていれば間違いない』だとか思い上がったことを考えてるわけじゃないんだよ。
『親の言うことに従ってれば間違いない』
みたいに思い上がれる人の感覚が僕にはまったく理解できない。そんなことを言う人は、何一つ間違えることなく生きてこられたの?。それはただ単に、『自分に都合の悪いことは見ないふりをしてきた』『自分に都合の悪いことはなかったことにしてきた』だけじゃないの?。
『完璧な人生』を送れる人もこの世にはもしかしたらいるのかもしれないけど、少なくとも僕はそんな人を見た覚えがない。『完璧な人間を演じてる人』は、テレビとかでは見たりもするけどね。だけどその人が本当に『完璧』なのかどうかは、僕には分からない。その人のことをよく知らない僕には。
それにもし『完璧な人』がいたとしても、それは本当に限られたごく少数なのも事実だよね。そんな人がたくさんいたら人間の世界はもっと生き易いものになってるはずだと思うんだ。




