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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百五十八 玲那編 「世間の正義」

これからやらないといけないことは、本当に山ほどあると思った。少なくとも判決が確定するまでは。


玲那自身も、今後、逮捕拘留が待ってる。保釈が認められなければ留置場で暮らすことになるということなのかな。あの子がそんなことになると考えるだけで頭がおかしくなりそうだけど、これは仕方のないことなんだと割り切るしかなかった。


だから僕は、変に無罪主張をして裁判を長引かせるよりも罪を認めて早く判決を確定させた方がいいと思ったというのもあった。それでもし執行猶予でも出れば、絵里奈と一緒に暮らすことにしたとしても刑務所にいるよりはずっと近いし、抱き締めてあげたりだってできるはずだ。最悪、実刑が出て服役することになっても、とにかく結果が出た方が覚悟も決めやすいんじゃないかなと思った。


だけどあくまでそれは、どっちつかずの状態は苦手だという僕の感覚であって、玲那自身がどう感じるかは分からない。あの子自身が落としどころとして納得できるものを見付けられればそれでいいのかもしれない。それを受け入れて、あの子が帰ってくるのを待つというのが僕のできることだとも感じた。


なのに現実は、まだ始まってもいない状況なんだな。


帰りのバスの中でも、僕はそんなことをずっと考えてた。アパートに着いて、玄関の鍵を開けようとしたその時、隣の部屋のドアが開いて秋嶋さんが姿を現した。


「すいません」


相変わらずおどおどした感じの様子にも慣れてきて、僕は「はい」と普通に返事をしていた。


「玲那さんのことでお話があるんですけど、お時間大丈夫ですか…?」


そう言われて、特に何か急ぎの用事があるわけでもなかったから、「ええ、大丈夫です」と答えておいた。すると秋嶋さんが、


「あの…、僕の部屋でお話できますか?」


とも聞いてきたから、


「じゃあちょっと沙奈子に声を掛けてから伺います」


と返事をして、まず玄関を開けたのだった。


「ただいま」と声を掛けると「おかえりなさい」と沙奈子と絵里奈が一緒に迎えてくれた。午後の勉強をしてるところらしかった。でも

玄関前で僕が秋嶋さんと立ち話をしたのが聞こえてたみたいで、


「秋嶋さんですか?」


って絵里奈に聞かれた。だから僕も応えた。


「うん、ちょっと話があるらしいから、今から秋嶋さんの部屋に行ってくる」


そうして僕は、秋嶋さんの部屋へと向かったのだった。




その部屋は、僕たちの部屋とはかなり様子が違ってた。必要最小限の物しか置かないようにしてた僕の部屋と違って本棚がぎっりしと部屋を覆ってて、明らかに狭く感じた。その本棚にはマンガの本やアニメの人形らしいのが所狭しと並べられてて、すごく不思議な雰囲気を醸し出してるように僕には感じられた。よく知らないけれど、アニメとかが大好きな人の部屋なんだろうなとは思った。


そんな部屋の真ん中にテーブルが置かれてて、それを囲むように男の人が五人、僕を見て座ってた。みんな頭を下げて「こんにちは」と言ってくれた。僕も頭を下げて「こんにちは」と返した。


でもあまり長居をしようという気にはなれなかったから、「何の話でしょう?」と前置きもそこそこに単刀直入に聞かせてもらった。


すると秋嶋さんが、


「実は、ネットで玲那さんのニュースが紹介されてるんですけど、そこのコメントが酷くて、僕たちもどうしたらいいのか分からないんです…」


と言いながらノートパソコンの画面を僕に向けた。


そこに映っていたのは、あるニュースサイトの画面だった。そこにはニュースに対してコメントが書き込めるようになってたんだけど、そのコメントがちらっと見ただけでも目を背けたくなるようなものばかりだった。


『母親の葬式で父親刺すとかとんでもないクズだよな。こんなヤツ生かしといたらダメだろ』


『娘がゴミ過ぎ。父親が可哀想』


『コイツ人間じゃない』


『クズは死刑でいいだろ』


『こいつを死刑台に吊るさなきゃ日本も終わりだな』


『こんなヤツ裁判も必要ないだろ即刻死刑』


『死刑死刑死刑死刑』


『その場で射殺すればいいのに』


『親の恩を忘れるとか、死んで詫びろ』


『何でこんなヤツ治療すんだよそのまま死なせとけよ』


等々。


たぶんそんな感じだろうとは思ってたから敢えて見なかったけど、僕の想像してた通りの感じだった。胸の中がすごくざわついてギリギリと嫌なものが頭をもたげてくる気がして、僕は目を逸らしてた。


秋嶋さんは言った。


「僕たち、玲那さんがそうじゃないって分かってるから何とか反論しようとしたんですけど、全然ダメで…」


だけど、僕としてもそんなことを言われてもどうしようもなかった。玲那のことを知らない赤の他人なんてこんなものだと思ってたから、僕はいちいち気にしないようにしてきた。正義を気取る無責任な人間なんてこんなものだって僕は知ってた。だから無視してきた。今さらそんなものを見せ付けられても、僕にどうしろって言うんだよ……。


こういうのは下手に反論すれば何十倍にもなって返ってくる。それも知ってる。以前、僕の職場にも、ブログか何かが炎上してそれで精神的に追い詰められて言動がおかしくなって辞めていった人がいた。その人がその後どうなったかは知らない。あの頃の僕は他人に全く関心を示さない人間だったから。


僕は、善や正義を振りかざす人間が嫌いだった。自分が正しいと思ってるから間違ったこと言ってても直そうともしないし。自分が正義だと思うなら、どうしてその人がそんなことをすることになったのか、その原因や理由を知ろうと思わないのかな?。そういうことを知らずに結果だけ見て攻撃するのが正義と言えるのかな?。


昔、僕の同級生でイジメられてる子がいて、でもある時その子がとうとう反撃したら、そのことだけでイジメられていた子は停学処分になってしまった。その子を普段からイジメてた方は何のお咎めもなしで。そんなのが正義だなんて僕は思わない。なのに、イジメられた挙句に停学処分になったその子を庇うような空気はクラスにはなかった。みんな、当然だって顔してるか、関係ないって顔してるかのどっちかだった。


そして、当時は僕もその一人だった。イジメられてるのを知ってたのに気付かないふりをして、その子が停学になっても庇うこともしなかった。僕は、そんな自分も大嫌いだった。


だから、ネットとかで玲那のことを攻撃してる人たちのことを批判できる資格が自分にあるとも思わない。でもそれが正しいとはもっと思わない。


それに、僕がいくらそういうのに立ち向かったところで、勝てるはずがない。社会に影響を与えられるような立場の人間だったらまだしも、まったく何の力も無いただの一市民の僕だと無理。袋叩きにされて追い詰められるのがオチだ。だから関わらない。同調圧力を盾にしないと何もできない人間は敬して遠ざけるのが一番だって学んできてたのだった。


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