二百五十七 玲那編 「しなければいけないこと」
僕たちはまた、三人で寄り添うようにして眠った。嵐に負けないように、少しでも心を穏やかにするために、休める時にはしっかり休まないといけないからね。
そして日曜日の朝。いつも通りの一日の始まりを迎えて、朝食を食べて掃除と洗濯をして午前の勉強をして、玲那のところへと行った。
玲那は、昨日よりももう一つ元気そうにも見えた。徐々に回復していってるのが実感できる気がした。それでも無理はさせないように、なるべく横になった状態でやり取りした。
今日も千早ちゃんがホットケーキを作りに来ることになってるから、絵里奈を残して僕と沙奈子だけで家に帰った。これは、もし玲那が絵里奈の部屋で一緒に住むようになった場合に、僕と沙奈子の二人だけに戻ることを想定して慣らしていくという意味合いにもなるのかとふと思った。今はまだ、意図してるわけじゃないけど。
それが終わってまた玲那のところに戻ると、佐々本さんが来てた。午後からまた警察が話を聞きに来るはずだからだった。その前に医師が話があるということで、絵里奈と沙奈子は玲那と一緒にいてもらって僕だけで話を伺った。すると、病院としてはなるべく転院なり退院なりして欲しいと思っているけれど、医師個人の立場からは転院はともかく退院にはまだ賛同できないと思っているということだった。だから医師の側からもあれこれ理由をつけてなるべく引き延ばすようにするので、あまり焦らないでくださいという話だった。
その話を聞いて、病院というのもやっぱり中では事務側と医師側とでいろいろあるんだなと思った。でも医師として患者でもある玲那のことを気遣ってくれてるのが感じられてすごくありがたいと感じた。幸い、うちの場合は山仁さんの伝手で警察病院への転院の準備が出来始めてたので、精神的にはまだ余裕もある。ただその一方、警察病院に転院すると今よりまあまあ遠くなってしまうので、粘れるのなら粘りたいというのも正直あった。だけど同時に転院の準備も進めてて、たぶんニ~三日中に転院することになるだろうということだった。
医師にもそのことは伝えておいた。すると医師の方も、玲那の病状等について申し送りがスムーズに行くように用意してくれるという話もしてもらえた。こういうのも、当然僕たちには出来ないことだからそういう風に配慮してもらえるのは感謝するしかできないことだった。
「ありがとうございます」
僕が深々と頭を下げると、
「いえいえ、医師として患者さんのことを考えるのは当然のことですから。それに、私個人としては玲那さんはすごく気持ちの優しい方だと感じました。私に対しても気遣ってくださるし、看護師に対してもそうです。
私たちは、もちろん医療に携わる者として患者さんの背景に関わらずどの方に対しても同じように対応させていただくことを心掛けてます。しかし、本来そういうことはあってはいけないのですが、やはり患者さんご自身の振る舞いによっては正直申し上げて辛く感じてしまうこともあります。
でも玲那さんは本当に優しくて、私たちの方が逆に労わられてしまっています。そんな玲那さんが今回のようなことになってしまったというのは、本当によほどのことがあったんだと感じます。
医師の立場では患者さんに個人的な肩入れはできませんが、私人としてはなるべく良い方向に進むことをお祈りしています」
と言ってくれて……。
当然のこととして、医師も玲那が殺人未遂事件の容疑者だっていうことは知ってる。それなのにこんな風に言ってもらえるなんて……。
だけどこれも、医師も言ってた通り、玲那自身がそういう風に振る舞ってるからっていうのもあると思う。もしあの子がふてぶてしい態度をとってたり傍若無人だったりしたらここまでは思ってもらえなかったんじゃないかな。こういうところでも、自分のしたことが自分に返ってくるんだっていうのを改めて感じたのだった。あの子自身が自分を守ってるんだと言える気がした。
だとしたら僕はあの子を支えるだけで十分かも知れない。それがあの子を守ることになる気がする。具体的にどうすることが支えることになるのかはまだよく分からないけれど、それはこれから見付けていくことなんだろうな。
病室に戻ると、玲那は少し疲れたらしくて眠ってた。これから警察にも話を聞かれることになるからそれに備えて休ませてあげようということになった。
僕たちは玲那の寝顔を見ながら、沙奈子を膝に抱いて絵里奈の肩を抱いて、三人で寄り添うようにして時間を過ごした。
それから一時間ほどしてちょうど玲那がまた目を覚ました頃、警察が来た。玲那には佐々本さんが付き添ってくれて、僕たちはまた病室が見えるところのソファーに座って待った。医師の方から警察に対して『無理はさせないでください』と申し入れてくれてるそうで、今日も三十分ほどでそれは終わった。
昨日よりは突っ込んだ話をしたそうで、玲那もちょっと疲れた顔をしてた。だけどそれは仕方ないことだと自分に言い聞かせて、僕たちはただ彼女が少しでも安らげるように傍にいることを心掛けた。
それからまたしばらくして彼女が眠るということだったから、今日のところはこれで帰るということになった。明日からはしばらく僕はお見舞いに来れないけど、絵里奈は退職したこともあって、なるべく一緒にいるようにするとのことだった。少なくとも、玲那が退院することになり、逮捕拘留されるその時までは。
そう。玲那は今、刑事事件の容疑者なんだ。しかも、決して軽微な容疑じゃないそれの。だからいずれは逮捕拘留される時が来る。佐々本さんはすぐさま保釈請求してくれるそうだけど、それが認められるかは五分五分と言ったところらしい。
僕たちはあの子が逃亡したりするような子じゃないことは知ってるし、証拠隠滅の心配だってもう無いのは分かってるとしても、裁判官がそう判断してくれないと保釈は認めてもらえない。しかも、保釈されるとしても保釈金が必要になってくる。ざっと二百万円くらいはみておいてほしいと佐々本さんにも言われてた。
二百万円…。決して用意できない金額じゃない。定期預金とかも解約すれば、今なら何とかなる金額だった。僕は元々、趣味らしい趣味もないし遊びにお金を使うこともしなかったから、給料は決して良くないけど少しくらいは残せてきた。もっともそれも、沙奈子が来てからはぎりぎりで、全然増えてなかったけどね。食費とか光熱費とか、あの子に負担を掛けたくなかったから無理に節約しないようにしてたというのもあって。
それを使ってしまうと、せっかく物件を見付けられても引っ越しできなくなる。しかも、絵里奈のことも養ってあげるのが難しくなる。
でも保釈金は、ちゃんと約束事を守ってれば返ってくるそうだし、玲那のためなら背に腹は代えられないとは思ってたのだった。




