二千五百四十七 沙奈子編 「言葉だけで」
お姉ちゃんがいつもよりたくさん絵本を読んでくれることに、玲緒奈はことさら大袈裟に喜ぶ感じじゃなかった。すごく堂々とした様子で沙奈子の膝に座ってただただ堪能してるだけで。
だけどそれ自体が喜びを表してるのかもしれないね。
沙奈子が自分を受け止めてくれてる実感は元々あるからはしゃいだりはしなくても、いつも以上に絵本を読んでもらえてることについては素直に喜んでるのかもしれない。だからこうやって何度も絵本をねだるのかも。嬉しくなかったら、当然、ねだったりもしないだろうし。
これまでは、沙奈子も玲緒奈がねだれば三冊くらいは読んでくれることもあった。でもその一方で、
「ごめんね。お姉ちゃん、これからお人形さんのお洋服作らなくちゃだから」
一冊読んだところで丁寧に説明したら、
「……」
不満そうな顔で睨みつけたりもしたけど、
「分かった。もう一冊だけね」
と応えて読んであげると、次は僕か絵里奈のところに絵本を持って行ってねだってくれるんだ。玲緒奈は玲緒奈なりに沙奈子の都合も考えてくれてるんだよ。だけどそれは、沙奈子の方も一方的に自分の都合を押し付けようとしないからだと思う。そしてもちろん、僕や絵里奈も自分の都合を一方的に玲緒奈に押し付けたりしないように心掛けてきたからじゃないかな。そういう姿を無意識に学び取ってくれてる気がする。
何度も言うように、言葉を学び取るのと同じでね。
そしてこういうのは、まさしく、
『言葉だけじゃ伝わらない』
ことなんじゃないかな。いくら言葉で、
『お姉ちゃんは御用事があるんだから我慢しなさい』
なんて頭ごなしに言ったところで、納得できないと思う。
『相手の事情や要望にも配慮しつつこちらの事情や要望を受け入れてもらうというやり方を実際に手本として示す』
ことを何度もしてみせてこそ、何度も話し掛けることで言葉を覚えていくのと同じで、学び取っていってくれると思うんだ。そういう実感があるんだよ。
なのに世の中には、『言葉だけじゃ伝わらない』と言いながら、自分は実際の態度や振る舞いや行動で示すことはしないで一方的に相手に都合や要望や要求を押し付けるだけという人も多いよね。自分の都合や要望や要求を『言葉だけで』相手に理解してもらおうとしたりするよね。『言葉だけじゃ伝わらない』と分かっていながら、言葉だけで伝えようとするんだ。
それって、『本当に分かってないのは自分だ』って話じゃないのかな?。
僕はそう思うからこそ、沙奈子に対しても、
『彼女の都合や要望や要求に耳を傾け、可能な限りはそれを受け止めつつ、でもどうしても無理な部分については『ごめんね』と丁寧に説明する。という態度や振る舞いや行動』
で示してきたんだ。




