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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百五十三 玲那編 「罪を背負うということ」

『私は、無罪主張はしません。確かにあの時は頭の中がいっぱいになって他のこと考えられなくてってなってましたけど、父を止めるにはこうするしかないって思って刺したんです』


今日は、弁護士の佐々本さんも交えて今後のことについて簡単に話しておこうということになって、絵里奈には沙奈子を連れて先に帰ってもらった。玲那は僕のスマホを使って、佐々本さんとメッセージアプリを通してやり取りした。そこで、僕が言ってたのと同じように『無罪主張はしない』と、自分で言い出したのだった。


佐々本さんは当然、玲那のことも諭そうとした。僕と話した時と同じように、無罪になって前科が付くのを回避するのと、有罪になって前科が付いてしまうのとでは天と地ほども差があるということを、自分が実際に扱った事例も交えて丁寧に説明してくれた。けれど、玲那は首を横に振った。


『私は父とは、あの人とは違います。あの人はいつだって自分の責任や罪から逃げることしか考えてない。私はそれを見習いたくないんです。自分の罪から逃げたくないんです』


そういう玲那に、佐々本さんも引き下がらなかった。


「玲那さん。罪や責任から逃れることと、無罪を勝ち取るということとは違います。あなたの事情を考慮すれば、あなたの行為は罪を問えないと判断される可能性は十分にあるんです。それをみすみす捨てるという選択は、弁護士として到底おすすめできません。しかもそれは、あなた一人の問題じゃないんです。あなたと同じような形で追い詰められた結果としてそうなってしまった人たちが無罪を勝ち取れる可能性を狭めてしまうことにも繋がりかねないんです」


そんな風に説明されると、佐々本さんの言うことももっともだと思った。僕たちは罪を背負う覚悟をしてるし、たとえ玲那が有罪判決を受けて前科が付いてしまおうと見捨てたりしないから関係ないって言えても、そうやって受け入れてもらえる、見捨てないでいてくれる家族がいない人の場合は、無罪になるのと有罪になるのとでは本当に違ってしまうのかもしれないと思った。僕たちがもし、無罪主張をしないことでそういう人たちの将来にまで影響を与えてしまうとなれば、確かに申し訳ないことのような気もする。


もちろん、玲那とは全然事情が違って身勝手な動機でそういうことをした人間まで無罪にするなんていうのは僕も納得できないしそうするべきじゃないって思う。だけど、玲那のような場合には、悪い奴に追い詰められて本当にどうしようもなくなってギリギリ最後の抵抗としてそういうことをしてしまった人が救われる可能性を狭めてしまうんだとしたら、僕たちだけの問題じゃないのかもしれない。


難しい…。すごく難しいことだと思った。こんなこと、今まで考えてこなかった。犯罪者はただ裁かれればいいとしか思ってこなかった気がする。でも、玲那がこんなことになってしまって、事件が起こるにはいろいろな事情や背景があるんだっていうのを改めて思い知らされた気がした。この子が単純に悪人かって言われたら、とてもそうは言えなかった。


事情も背景も知らない世間からは玲那のことが『母親の葬式の最中に父親を包丁で刺す悪魔のような女』に見えてたとしても、僕たちはそうじゃないことを知ってる。この子がどれほど優しくて思いやりがあって、それでもどうしようもなくてこうなってしまったってことを知ってる。そんな玲那をただ罪人として断罪するのが本当に正しいことなんだろうか…。


分からない…。僕には分からなくなってしまった。『無罪主張はしない』と啖呵を切ったけど、無罪主張をしないことで背負うことになるものを、僕は背負いきれるんだろうか…?。


これもまた、罪を犯すことで背負わされるものなのかもしれない。それを思うと、罪を犯すということがどれほど恐ろしいことなのかというのが改めて真に迫ってくる気がした。こんなこと、絶対にしちゃいけないって思った。関わった人間全員が不幸にしかなれないよ、こんなの…。


こういうのが分かってれば、罪を犯す人が減ってくれるのかなとも感じた。だけど同時に、こういうことが気にならない、家族の誰が不幸になったって構わないとか考えてる人には全然関係ないのかもしれないとも感じてしまった。


怖い…。ものすごく怖い……。以前の僕は、心のどこかでそう思ってた。両親も兄も、僕のせいでどんなに不幸になっても構わないって思ってた。それでよく事件を起こさないでいられたなって、今になってゾッとした。大切に想える家族がいないっていうのは、ものすごく怖いことだって改めて感じてしまった。


もう、そんなのは嫌だ。沙奈子も、絵里奈も、玲那も、そんな風にさせたくない。大切に想える家族もいない状態になんてしたくない。だって、三人とも僕の大切な家族なんだ。苦しめたり辛い思いさせたりしたくない存在なんだ。


そういう存在を得られたことがどれほど素晴らしいことか、奇跡的なことか、骨の髄まで思い知らされた気がした。だから守る。守りたい。失いたくない……。


結局、今日はまだ結論は出さないということで話は終わって、佐々本さんは帰っていった。病室で二人きりになった僕と玲那はどうすればいいのか分からなくて見つめ合ってしまった。


そして、不安そうな目を向ける彼女を、僕はそっと抱き締めていた。ずっとこうしてあげたかった。受け止めてあげたかった。


抱き締めてみて実感した。玲那の体がすごく頼りないくらいに痩せてしまってることを。以前よりももっとずっと、小さくて頼りなくて沙奈子とほとんど変わらない感じさえしてしまった。玲那も僕のことを抱き締めてくれてるのに、その力はそれこそ沙奈子よりも弱々しいものに思えた。この子はこれからも、こんな体で、あまりにも重過ぎるものを背負って生きていかなきゃいけないんだ。


その後、さすがに疲れたみたいだったから、横になってもらった。


「明日また来るよ」


そう言った僕に、玲那は嬉しそうに頷いてくれた。それからすぐに、小さく寝息を立て始めた。ここまでたった二時間程度だけど、途中で何度も横になって体を休めながらだったけれど、この子にとっては疲労困憊するほどのことだったんだろうなって感じた。無理をさせてしまったみたいで、罪悪感さえ感じた。


でも玲那自身、それは覚悟していたらしい。意識が戻ったのは実は今朝の明け方頃で、自分で体を起こしては休んでってして慣らしていってたって後になって聞いた。家族に連絡を取りますかと看護師に聞かれても、来るまでにできるだけ体を慣らしておきたいからって断ったとも言ってた。この子はこんなになっても、そうやって僕たちのことを気遣ってくれるんだ。


そんな子があんな事件を起こすとか、本当によっぽどのことがない限り有り得ないだろうというのを改めて感じたのだった。


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