二千五百二十六 沙奈子編 「初々しいなあ」
『ここで達さんまで慌ててたら、私、きっとパニックになってしまってました』
絵里奈の言ったことがまさにそれだと思った。まさかの事態に直面して、みんながみんな狼狽えていたら冷静な判断ができる人がいなくなって、余計に状況を悪くしていたかもしれない。山下典膳さんに対してあらぬ疑いをかけたまま余計なことをして迷惑を掛けるようなことをして関係を拗らせるような事態だって有り得ただろうな。
それでなくても、『実の父親のことを思い起こさせる』というだけでも沙奈子の心理に与える影響はきっと小さくなくて今後のドレス作りに支障が出る可能性だってあるのに、その上、典膳さんとの関係を拗らせたりしたら、ますます『SANA』の存続自体が危ぶまれると思うんだ。それじゃ駄目なんだよ。
だから、早々に誤解であることをお互いに把握して、その誤解に足を掬われないようにお互いに気を付けていかなきゃいけないと改めて思った。
「僕が冷静でいられたのも、絵里奈や玲那やみんなのおかげだよ。絵里奈と玲那が沙奈子の傍にいてくれたから任せておけたし、玲緒奈が僕の傍にいてくれたから『冷静にならなきゃ』って思えたっていうのもあるんじゃないかな。そういうのがあってこそだって気がする。僕の方こそありがとう」
そう言って頭を下げると、
「そんな!。私の方こそ……!」
絵里奈も慌てて頭を下げてくれた。そんな僕たちを見て玲那が、
「もう結婚して何年にもなるのに、初々しいなあ」
と呆れたように笑ってた。
そうだね。結婚して何年も経てばお互いに遠慮がなくなったりするのも多いのかもしれないけど、だけど僕は、『遠慮がなくなる』のと『配慮がなくなる』のは同じじゃない気がしてる。遠慮はなくなってもいいにしても、配慮をなくすとそれは相手を人間として認めてないことにも繋がってしまいそうにも感じるんだ。しかも、
『配慮なんかしなくていい』
と甘えてるって形にもなってしまうだろうし。大人としてそれはどうなのかな。身近な大人がそんな風にしてて、その姿を間近で見てて、子供は何を学ぶかな。
『家族に対しては配慮なんかしなくていい』
みたいに思ってしまったりしないかな。それはあまりよくないんじゃないかな。
『親しき中にも礼儀あり』
とも言われるしね。家族だからってなにも配慮しなくなったら、お互いに良好な関係を保つことができるのかな。できないような気がして仕方ない。
確かに絵里奈の場合は、僕に対してもいまだに敬語を使ってて他人行儀にも思えなくはないけど、だからって本当に他人行儀ってわけじゃないのは、僕も分かってる。
ただ、砕けた言い方に変えていくタイミングを逸しただけなんだろうな。




