二千五百二十五 沙奈子編 「きっとパニックに」
沙奈子については千早ちゃんたちにまずは任せて、僕は絵里奈と玲那を迎え入れた。すると、
「よもやよもやだよ。まったく」
絵里奈と一緒にリビングに腰を下ろした玲那が少し呆れたように肩を竦める。と、
「本当にまさかの出来事でしたね」
玲緒奈を膝に抱いた絵里奈も困ったように微笑んだ。
無理もない。まさかこんなことが起こるなんて普通は想像もしないだろうからね。僕だってしてなかった。
「でも、沙奈子が無事で安心したよ」
一階で千早ちゃんたちに迎えられて、
『山下典膳さんに面会できたお祝いとしてのケーキ』
を目の当たりして微笑んでる沙奈子の姿をモニター越しだけど見て、僕もホッとする。そしたらポットのお湯が沸いて、僕は紅茶を淹れた。玲緒奈には、今の彼女のお気に入りのアップルジュースも用意する。蓋とストロー付きで倒してもすぐにはこぼれないマグカップに。
「世の中にはこういうことってあるんですね……。としか今は上手く言葉にできません。まさか達さんのお兄さんと同姓同名の人がいて、それが山下典膳さんだったなんて……」
紅茶を手にした絵里奈がそう口にすると、
「まったくだよ。これが漫画やアニメだったら、まあ『盛り上げるのに必要な展開』ってことになるんだろうけど、『盛り上げるために必要な展開が都合よく起こる』って時点でそれはもうご都合主義だよね。しかも読者や視聴者は、自分の気に入らない展開だと『ご都合主義だ』ってボロカスに叩くけど、望んでる展開や面白いと感じる展開の場合は、『こうじゃないとダメ』みたいに言うんだよ。ホント、自分のことが見えてないし身勝手だよね」
呆れたように言い放った。これには僕も、
「それは確かにそうだよね。現実だと、いいことも悪いことも決して望まれたとおりに確実に起こるわけじゃない。だけどフィクションの場合には、何の脈絡もなく物語を動かすための事件が起こったりする。そんなのが当たり前だったら、人生というのはものすごく窮屈で気が休まらないと僕も感じるよ。だから僕は、人生において『イベント』なんてそれこそごくたまに起こるだけでももうお腹いっぱいだって思う」
と返すしかない。で、玲那も、
「確かに。現実でもたまに『まさか』って思うようなことが起こるっていうのはあるんだなあ」
しみじみ漏らした。その上で、絵里奈が、
「だけど、達さんが冷静に受け止めてくれて本当に助かりました。ここで達さんまで慌ててたら、私、きっとパニックになってしまってました」
とも言ったんだ。




