二千五百十九 沙奈子編 「冷酷な人」
そうなんだ。星谷さんは、かつて、僕の兄についても探偵を雇って調べてる。残念ながら警察が調べて僕に教えてくれたこと以上は、それこそプライベートな、さすがに警察としても掴んでても伏せるような内容のものばかりだったけど、少なくとも山下典膳さんと繋がるようなものはなにもなかったんだと思う。
だからこそ星谷さんでさえ、今回のことは想定外だったんだろうな。
「こんなこと予測できたら、それこそ神様の域に片足を踏み入れてるようなものなんじゃないですか?。ドラマや映画の展開を予測するのとはわけが違うと思います」
正直に感じた通りを口にした。これに彼女は、
「そうおっしゃっていただけると、私も少し気が楽になります。ですが、次からはもっと詳細に身辺情報についてもリサーチするべきだと考えました」
言うけど、
「いえいえ、仕事だからってプライベートまで全部調べるようなことをするのは、さすがに相手に失礼じゃないですか?」
これまた正直な印象を告げさせてもらう。
そうだ。結婚相手とか交際相手とかの身元調査じゃないんだから、『信用情報』というだけならそこまでのものでなくてもいいはずだし。
と、僕は思うんだ。これ自体、僕が甘いだけかもしれなくても、普通に考えて、カード会社とかが利用してる信用情報なんかも、プライバシーには深く踏み込んでないだろうしね。
「そうですね。山下さんのおっしゃるとおりかもしれません……」
普段の毅然とした様子とはちょっと違う表情を見せて。
超然とした印象のある彼女だけど、やっぱりちゃんと人間でもあるんだなって改めて感じた。星谷さんでさえ動揺してたんだって分かった気がする。
だから余計に、千早ちゃんたちにはまだ報せない方がいいと思うんだ。
「このことは、今は千早ちゃんたちには報せないでおきましょう。星谷さんがそこまで冷静さを失うくらいですから」
改めて告げさせてもらう。
「確かに。不正確な情報でいたずらに不安を煽る必要もありませんね」
同意してもらえて、僕もホッとした。星谷さんは、必要とあればとことん苛烈で容赦のない対応ができてしまう人だから、千早ちゃんたちにも、
『このくらいのことは受け止められるようにならないといけない』
的な態度に出てしまうかもしれないと思ったけど、そこは杞憂だったな。決して『冷酷な人』ってわけじゃないんだ。思えば精神論を振りかざすようなタイプでもなかった。冷淡なくらいに合理的な振る舞いができるというだけで。




