二千五百十四 沙奈子編 「今から八年前」
玲那は続ける。
「しかも、ドール作家としてじゃない方の名刺をもらって見たら、字まで一緒だったし。まさかと思ったよ。そしたら沙奈子ちゃんが……」
「……」
「いや、同姓同名ってだけなら、この世にはいてもおかしくないと思うよ?。萃ってそんなに多い名前じゃないかもしれないけど、『絶対に他にはいない』とまでは言い切れないだろうからさ。山下って姓はそれこそ、珍しくもなんともないし。実際に山下さんも身近にいるしさ。
でも、自分の本当の父親のことを知ってるはずの沙奈子ちゃんが青い顔をしてるんだから、もしかしたらとは、私も思ったよ。
パパちゃんから聞いた話の中の『沙奈子ちゃんの本当のお父さん』がドール作家なんかになれるなんて印象はまったくないけど、私も絵里奈も、本人を知らないし……」
その玲那の話は、具体的で客観的で、かなり正確にその場の状況を僕に伝えてくれてると感じた。他の人には分からなくても、沙奈子や兄を知ってる僕にはすごく真に迫ってる気がするんだ。
その上で、
「山下さんとは、話、できるかな……?」
と尋ねてみる。そうしたら玲那も、
「うん、山下さんも、沙奈子ちゃんの今のお父さんのパパちゃんにはお詫びしなきゃって言ってくれてたから。ちょっと待ってて」
応えてくれて。
そうして一分か二分ほどで、僕のスマホに改めて着信があって、
「山下です。この度は大変にご迷惑をお掛けしてしまって……」
ひどく恐縮した感じの声が届いてきた。これには僕も、
「いえいえ、まさかこんなことになるなんて、誰にも分からないですよ。だから山下さんの所為じゃありません。もちろん、典膳さんの所為でもないです。だって、典膳さんは僕の兄のはずがないですから」
きっぱりと言わせてもらった。そうなんだ。
『山下さんのような人が、僕の兄をパートナーに選ぶわけがない』
という確信が僕にはあった。その上で、
「失礼を承知の上でお聞きします。今から八年前、典膳さんはどこにいましたか?」
単刀直入に質問させてもらった。これに山下さんは、
「八年前というと、私が山下と、いえ、山下と結婚した年ですね。東京にいました」
はっきりと答えてくれた。もうこれで僕には分かったよ。
『山下典膳さんは、僕の兄じゃない』
と。
それというのも、警察の調べで、八年前の兄は、沙奈子を連れて中部地方を転々としてて、東京には行ってなかったことが分かってるから。
もちろん、山下さんが嘘を言ってる可能性だってゼロじゃないとしても、嘘を吐く必要がそもそもないし、山下典膳さんとしての活動を調べれば分かることだしね。
 




