二千五百八 沙奈子編 「即席ですぐに」
そうして僕は、玲緒奈の前でただ穏やかにいることを心掛けているんだ。僕たちがおしっこやうんちのことを異様なまでに毛嫌いしないからこそ、玲緒奈もそれを『毛嫌いしなきゃいけないこと』『異常なこと』みたいな認識を持たずにいられてるんだと思う。
その一方で、衛生上の問題も蔑ろにしないために、丁寧に確実に対処するんだよ。
『おしっこやうんちについては、こういう風にするんだよ』
って実際の振る舞いで示していくんだ。
それでいいんじゃないかな。
すぐに思った通りにしてくれなくても焦る必要はないと思う。「ママ」「パパ」って簡単な言葉を口にしてくれるまでも一年近い時間を必要としたんだ。だったら当然、複雑な考え方になればなるほど時間は掛かるものなんだよ。
今は、何でもかんでも即席ですぐに結果が出ないとダメみたいな風潮があるらしいけど、僕はそういうのはすごく危ういと感じてる。結果が出るまでにどうしたって時間が掛かるものはこの世にはいくつもあるはずなのに、そうやって時間の掛かるものは疎まれて敬遠されるようになっていけば、技術とかさえ衰退していくんじゃないかって思うんだ。
科学とか技術とかの基礎研究だって、ひどく時間と手間が掛かるものと言われてるんじゃなかったかな。なのにすぐに結果が出なきゃ『もう駄目だ』『見込みがない』って切り捨てられるようになったりしたら、どうなってしまうんだろうね。なんだか不安だよ。
僕が仕事として担当してる図面だって、お手軽にちゃちゃっとできるものじゃない。今はソフトが自動修正してくれたりして手間は確かに減ってるとしても、最後はやっぱり人間が確認しなきゃいけないんだ。ソフトは、与えられた条件に対して正確に対処してくれるけど、その『与えられた条件』そのものが最初から間違ってたりすることもあるよね。条件を与えるのは人間なんだから。
そういうことをきちんと想定して適切に対処しようとすればやっぱり時間は必要になるんだ。それを玲緒奈にもちゃんと分かってもらいたいと思ってる。だったら、彼女の前で何でもかんでもすぐに結果が出るのを期待するような振る舞いを見せてちゃ駄目なんじゃないのかな。そういう振る舞いを見てたら、
『すぐに結果が出ないものは駄目なもの』
みたいな認識ができてしまうんじゃないかな。ちゃんと結果が出るのを待たずに見限ってしまうようになったりするんじゃないかな。癇癪を起すようになったりするんじゃないかな。僕はそれが怖い。




