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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百五十 玲那編 「弁護士の見解、僕の見解」

寝ている玲那と話をしたというのは、人形といつも会話をしている絵里奈らしい言い方だと思った。


「おねえちゃん、早く元気になってね…」


沙奈子がそう言いながら、玲那の頬にキスをした。すると、


「おねえちゃんのほっぺた、あったかいね」


と僕たちの方に向き直って言った。その表情が少し柔らかくなってた気がした。沙奈子も、玲那がちゃんとここにいることを実感できたのかもしれないと思った。


「玲那、沙奈子も絵里奈も待ってるよ。今はゆっくり寝てていいけど、寝るのにも飽きたら帰っておいで。またみんなであの部屋でゆっくりしよう…」


僕も玲那の手を握りながらそう声を掛けた。力は全く入っていないけど、でも確かに温かい手だった。そう言えば、こんな風にしっかりと玲那の手を握ったのは初めてな気もする。これからはもっとちゃんと手も繋いであげようと思った。


「じゃ、明日は沙奈子と絵里奈がまたお見舞いに来てくれるからね」


と言って、僕たちは病院を後にした。


家に戻ると、僕のスマホに着信があった。知らない番号からだった。「もしもし」と電話に出ると、


「山下様の携帯でよろしいでしょうか?。わたくし、弁護士の佐々本ささもとと申します。星谷ひかりたに様からのご紹介で、お電話させていただきました」


って丁寧に話しかけられて、僕はハッとなった。そうか、星谷さんの言ってた弁護士の人か。


「はい、山下です。お話は伺ってます。それで、今日、こちらに来ていただけるとお伺いしたのですが」


と応じると、弁護士さんが、


「はい、今、そちらに向かってます。レンタル倉庫が見えましたので、もうすぐ着きます」


って返してくれた。優しそうな話し方をする女性だった。声の感じからすると、塚崎つかざきさんと同じくらいかなと思った。とその時、玄関のチャイムが鳴らされた。


え?、もう来たの?って思ってドアスコープを覗くと、そこにいたのは僕の知ってる女性だった。


「塚崎さん!?」


玄関のドアを開けると、そこにいたのはやっぱり塚崎さんだった。え?、どうして?。


混乱する僕に塚崎さんが安心したみたいに声を出した。


「ああ良かった。みなさんお元気そうで。私もニュースを見て心配してたんです。それでようやく時間が取れたので沙奈子さんの様子を見させていただこうと思って」


そうか。塚崎さんは塚崎さんで沙奈子のことを心配してくれてたんだ。せっかくだからと思って上がってもらおうとしてたところに、「山下さんですか?」と声を掛けられた。その声の方に視線を向けると、どこか塚崎さんに印象が重なる、ちょっとふっくらした感じの優しそうな中年の女性が僕の方を見てるのが分かった。


「あ、もしかして弁護士の…?」


僕が声を掛けるとその女性は、


「はい、弁護士の佐々本です」


って応えてくれた。でもそれに反応したのは僕だけじゃなかった。


「えっちゃん!?」


と驚いたような声を上げたのは、塚崎さんだった。すると弁護士の女性まで、


「マリ!?、あなたどうしてここに!?」


だって。


…はい…?。え?。お知り合い…ですか?。




塚崎さんと、弁護士の佐々本さんに部屋に上がってもらって、すぐに事情は分かった。二人は知り合いどころか姉妹だったって。結婚して苗字はそれぞれだけど、佐々本さんがお姉さんで、塚崎さんが妹さんだってことだった。だとしたら似てて当然だよね。


「そう、マリが担当してた育児放棄事案のお子さんがこの沙奈子さんなのね?。だったら話は早いわ。この案件、正式にお引き受けいたします」


と、開始三分で話が決まってしまったのだった。


しかし、まさかまさかだよ。星谷さんが手配してくれた弁護士さんが塚崎さんのお姉さんだなんて。驚き過ぎて呆然としてる僕に向かって塚崎さんが口を開いた。


「以前、親族に窃盗で逮捕された方が出た案件で転校を余儀なくされたお子さんがいらっしゃった時には私は力になってあげることができませんでした。だから今度こそと思って寄せていただいたんです」


って、その話、もしかして下着泥棒が逮捕された事件で、犯人の姪っ子さんが転校してしまったってあれのこと?。じゃああの時、塚崎さんがうちの近くを通りがかったっていうのは、やっぱりそのことなんだ。


塚崎さんの言葉に、佐々本さんが大きく頷いた。


「そうね、親族に刑法犯が出たからって幼いお子さんまでそうやって逃げるように転居しなければならないって、私も間違ってると思います。ですから、今回の玲那さんの件でも沙奈子さんへの影響は最小限にとどめたいと私も思います」


なんて、二人とも沙奈子のことを心配してくれてるんだ……。


僕はそれだけで胸がいっぱいになりそうだった。絵里奈なんてもうすでに泣いてた。


そんな僕たちに、佐々本さんは続けた。


「それでお聞きしたいんですが、山下さんのお宅にはマスコミによる取材はありましたか?」


唐突な質問に、僕はちょっと面食らってしまった。ああでも、沙奈子への影響っていったらそういう部分もあるのか。でも、言われてみて僕もようやく気付いた。マスコミ、うちには来てないよな。


「…え、と、来てないみたいです」


という僕の返事に、佐々本さんは胸を撫で下ろす仕草を見せた。


「そうですか。いえ、実は私の方でも少し確認してみたんですが、今回の事件の警察発表としては、容疑者氏名が『伊藤玲那』、現住所が住民登録のあるマンションの部屋となってましたので、恐らくそのせいでしょう。しかし怪我の功名ですね。マスコミによるメディアスクラムの被害はいつも深刻ですので」


その佐々本さんの言葉に、僕も思い当たる部分があった。絵里奈も玲那も、みんなで住むための物件が見付かってから住民票を移動しようってことでそのままにしてあったし、部屋もまだ借りたままだから、住民票の現住所にちゃんと住んでるって形になってるんだ。だからそっちに行ってるのかもしれない。思い切れずに何となくそのままにしてたものがまさかこんな形で役に立つとか、皮肉だな。


でも……。


「あと、念の為にネットで検索を掛けてみたところ、伊藤玲那さんとしての現住所が晒されていました。いつものこととはいえ、こちらも非常に残念なことです。


星谷さんからもうかがいましたが、今回の事件は、本来は極めて悪質な犯罪の被害者である筈の玲那さんが精神的に追い詰められた末に発作的に行ってしまったことである可能性が高いです。ですので、心神耗弱により無罪主張を行うことが可能だと思われます」


と言われた時、僕はハッとなってしまった。それは違うと思ってしまった。心神耗弱による無罪とか、確かによく聞く主張だけど、この家を出る時の玲那は間違いなくそんなんじゃなかった。あの子はちゃんと自分で考えて行動してた。事件を起こしてしまった瞬間はパニック状態だったかもしれないけど、あの子をそんな風に扱って欲しくないと、僕は感じたのだった。


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