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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二十五 沙奈子編 「困惑」

沙奈子は明らかに、二人を警戒していた。無理もない。僕も最初はそうだった。


伊藤さんと山田さんにはもう、僕と沙奈子の大まかな事情は話してある。別に隠さなきゃいけないことでもないし、それにすでに社内の一部で噂も広まっているらしいから、知られるのも時間の問題だったと思うし。でもまあ、こうやって女性社員に話してしまったら、もうすぐにでも全体に広まるだろうな。


それは別にいいけど、そのことを話した時の二人の反応が、また絵にかいたような、


「沙奈子ちゃん可哀想」


「山下さん大変ですね」


といったものだった。


可哀想とか大変ですねとか、山仁やまひとさんのようにそれなりの経験をしてきた人ならまだ実感もあるかも知れないけど、彼女達のそれはいかにも他人事で、軽くて、無責任に感じられた。だけどそれに対して文句を言っても意味がない事は僕にも分かる。僕だって自分が具体的に想像もできないような他人の不幸に対しては、同じように上辺だけの反応しかできないと思うし。


他人が無責任なのも仕方ない。だって、本当にこっちの事情に対して責任を負ってるわけじゃないんだから。他人の抱えるそういう事に責任を負えないのは僕も同じ。自分だって無責任なのに、他人に無責任だと腹を立てるのはおかしいよな。


だけど、そういう風に割り切れるようになったのは、我ながら進歩だと思う。これも、沙奈子と一緒に暮らして、相手の事情とかを冷静に考える練習ができたからかな?。


でもまあそれはさて置いて、問題は沙奈子だ。二人にも『人見知りで大人しい子だから、愛想良くはできないと思う』と伝えておいたから二人にどう思われたって『だから言っただろ』って開き直れるけど、沙奈子自身が二人の圧力に耐えられるかどうか。やっぱり僕が間に入らないと駄目だよな。


電車に座ってても、沙奈子は二人の視線からなるべく逃げようとするかのように、僕の陰に身を潜めていた。しかし二人は、時折、彼女の方を覗き込み、手を振ったり笑いかけたりするのだった。その度に沙奈子の体がビクッと反応するのが分かる。これは失敗だったかなと思った。やっぱり沙奈子にはまだ早かったかもしれない。


沙奈子と二人の間で板挟みという非常にいたたまれない時間が過ぎ、海水浴場の最寄り駅にようやく着いた頃には、僕もかなり疲れた気がしていた。


一方、二人の方はと言えば、


「よっしゃ~、海~」


「着いた~」


と、実に元気だった。正直、理解出来ない。


二人に先導されてビーチに着いたけど、彼女達はせっかく空いているとこに場所を取らず、何かを探しているようだった。僕と沙奈子は訳も分からないままそれについて行くしかできなかった。


それにしても、さすがに早めに出てきたからか、まだそんなに人も多くなかった。これなら沙奈子でもそれなりに楽しめそうだ。


二人について歩くこと10分ほど、急に伊藤さん(たぶん)が声を上げた。


「あ、やっぱりいたいた。OK!、あそこで場所取りしましょう」


と言って走っていった。僕には全く意味が分からなかった。それでも仕方なく、伊藤さん(たぶん)が立っていた場所にビーチパラソルを立てて、シートを敷いて、場所を確保した。何かだか誰かだか分からないけど『いた』とか言ってたのは結局何だったんだろう?。知り合いがいた訳でもなさそうなのに。


まあいいや、考えても無駄か。


シートに荷物を下ろすと、二人は水着に着替える為に海の家へと向かった。僕はまず、沙奈子と一緒に水分補給した。二人の姿が見えなくなったことで安心したのか、彼女も海をしっかり眺めていた。


「臨海学校の時の海もこんな感じだったかな?」


僕が問い掛けると、


「うん…曇ってたけど」


と応えた。そして、


「大きい…」


と、つぶやくように言った。そうか、臨海学校の時は曇ってたのか。今日は天気がいい分、余計に大きく見えるのかもしれないな。


海風に髪を揺らしながら目の前の光景を真っすぐ見詰める沙奈子の横顔は、改めて見る実際の海に圧倒されながらも、どこか嬉しそうにも見えて、連れてきて良かったと僕は思ったのだった。


しばらくそうして海を眺めた後、いよいよ遊ぶ準備を始める。沙奈子はもう中に水着を着てたから、ワンピースを脱いで帽子を取ってゴーグルを着ければそれでもう十分だった。だけどもう一つ。臨海学校の為に買った大きなリュックに入れてきたこれを彼女に、と。


それは、子供用のライフジャケットだった。毎年、水の事故が、特に子供の事故がニュースでやってるから、念のために買ったのだ。それを説明書の通りに沙奈子に着けさせる。よし、これで準備万端だ。少し大袈裟かなとも思ったけど、事故が起こってからじゃ後悔してもしきれない。それに見回すと、決して多くはないけどライフジャケットを身に着けた子供の姿もちらほら見られて僕は安心した。よかった。沙奈子だけじゃなかったんだ。


「じゃあ、ちょっと遊んでみる?。僕は荷物番しなきゃいけないからここから見てるよ」


僕がそう言うと彼女は、「うん」と頷いた。そして波打ち際に行って、波と追いかけっこを始めたのだった。波が寄せると下がり、引くと前に出る。寄せると下がり、引くとまた前に出る。ほとんど足に水もついてないけど、まあ、彼女が楽しいんだったらそれでいいか。とその時、後ろから声を掛けられた。


「山下さん、沙奈子ちゃんには日焼け止め塗ってあげました?」


え?。と思って振り返るとそこには、目に刺さるほど明るい蛍光色のビキニを着けた伊藤さんと山田さんが立っていた。僕は思わず目を逸らして、


「あ、いや、塗ってない」


と応えた。すると二人が、


「駄目ですよ、日焼け止めはちゃんと塗らないと!。後で大変なことになりますよ」


って感じで声を揃えて言った。その迫力に僕が圧倒されていると今度は、


「沙奈子ちゃん、日焼け止め塗ってあげる。こっちおいで」


と、伊藤さんか山田さんか分からないけど、手招きして呼んだのだった。だけど沙奈子は戸惑ったようにこっちを見るだけで、近付いて来ようとしない。仕方なく僕が、


「沙奈子、おいで」


声を掛けたらようやく戻ってきたのだった。それでも、


「お姉さんが塗ってあげる」


と言うと後ずさるので、


「僕が塗ってあげるよ」


と僕が言うと、なるべく二人と距離を取ろうとするようにしながらようやく僕のそばに来た。そこで日焼け止めを受け取って僕が沙奈子に塗っていく。それが終わると、


「山下さんもちゃんと塗った方がいいですよ。お姉さんたちと一緒にあそぼ、沙奈子ちゃん」


って言って、半ば強引に彼女を連れて波打ち際に行ってしまったのだった。その時の、助けを求めるかのように振り返る沙奈子に、僕は、「大丈夫、楽しんでおいて」と言いながらも、何だか罪悪感さえ感じてしまっていた。人買いに子供を売り渡した親とまでは言わないけど、何となくそれを想像できそうな気さえした。若干の、いや、結構な後ろめたさを感じつつ、言われたとおりに自分にも日焼け止めを塗る。


しばらく三人で遊んで、いや、どちらかと言うと二人が沙奈子で遊んで、一人が僕の方へと戻って来た。そして隣に座って言った。


「ライフジャケット持ってきたんですね。本当に沙奈子ちゃんのこと、大事に思ってるんですね」


目のやり場に困って伊藤さんか山田さんか分からない彼女の方には目を向けずに僕は、


「そうですね。あの子は僕の大事な家族ですから」


と応えていたのだった。


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