二百四十七 玲那編 「衝撃の情報」
「現在、弁護士の心当たりを当たってるところですので、今しばらくお待ちください」
山仁さんに続いて、星谷も僕たちにむかってそう言ってくれた。波多野さんのお兄さんの方は、逮捕されたことが分かってすぐに手配してたらしい。でも玲那の方は、今はまだ意識不明で病院にいる分だけ時間的な余裕があるし、事情が事情だから一番適した人を探したいということだった。
それにしても、山仁さんは四十代後半という年齢を考えてもいろいろな経験とか交流とか重ねてるっていうのは分かるけど、星谷さんはまだ高校生なんだよな。それでこの堂々とした物腰に見識って、どんな家庭で育ったらこんな風になるんだろう?。僕には到底、想像もできなかった。
あと、波多野さんも前回よりは少し落ち着いた感じだった。もちろん元気とか明るいとかとまではいかなかったし、しかも実はお兄さんが逮捕された日から家には荷物とかを取りに行く以外には帰っていないらしい。マスコミが取材に来ててそれどころじゃなくて、山仁さんのところで寝泊まりしてるってことだった。
もちろん、親もそれは承知してるって言ってた。家に帰れないから友達の家に泊めてもらうっていう形で。なんだかもう、山仁さんの家は、居場所のない子供たちの避難場所みたいになってるって気がした。以前にもそんなことを思った気もするけど、ますますそう感じる。実際、そういうことが度々あるということで、警察とも連絡を取り合っているらしい。事実上、避難場所として機能してるってことなんだろうな。
そう言えば、沙奈子の担任の水谷先生も、山仁さんは子供と親の事情といったものに理解のある人だっていう感じのことを言ってた気がする。それはこういうことだったんだって改めて実感した。
千早ちゃんは自分の家に居場所がなく、田上さんも家族との折り合いが悪いということか…。
それでも、こうやって、自分の家以外の居場所があるのならまだ救われてる方なのかな。波多野さんや沙奈子みたいに家族が事件を起こしても追い出されたりしないっていうのは、すごく大事なことだって思った。こんな風に受け入れてもらえる場所がなくて放っておかれたら、その子は世間を、社会を恨まずにいられるだろうかってしみじみ思う。そんな形で弾き出された子が追い詰められて、また別の事件を起こすってことになるのかもしれない。それを思えば、結局は誰が事件を作ってるのかって気がしてしまう。
うん、そうだよ。沙奈子がそんなことにならないためにも、僕はあの子たちを守らなきゃいけない。あの子たちの居場所を守らなきゃいけない。そのために必要なことを、僕はやろうとしてるんだ。そして僕自身、自分が一人じゃないってことを、僕たちが孤立してないってことをこうやって実感することで救われてるっていうのも分かる。家族を守るための力も気力もここで手に入れてるって感じる。それが嬉しかった。心強かった。
だけど本当に、助けられてばっかりだなあ。僕も、山仁さんのようにいずれは助けてあげられる側になれるんだろうか。いや、そうなれるように頑張ろう。そのためにもここで挫けてちゃ駄目だ。負けちゃ駄目だ。
その時ふと、以前、僕が何度も見てた夢に出て来た結人のことが頭をよぎった。もしあの夢が正夢になるのなら、沙奈子を通じて結人のことを助けてあげたいとも思った。そうすることで、受けた恩を返すことになるかもしれないと思えた。
そんなことを思ってると、不意に星谷さんが聞いてきた。
「ところで、玲那さんが実のお父さんから受けた仕打ちについて、何か客観的な証拠になるものはありますか?」
…え?、証拠…?。
そう言われて僕は絵里奈と顔を見合わせてしまった。言われてみれば、それは絵里奈が玲那から聞いた話でしかない。実際にどうだったのかっていう証拠と言うか記録のようなものは何もなかった。
「…証拠…と言えそうなものは何も…」
絵里奈も戸惑いながらそんな風に答えるしかできなかった。それに対して星谷さんは顎に手を当てて、
「そうですか…。となると、裁判で情状を求める上での根拠が乏しくなってしまいますね…」
と少し難しい顔になってた。そして僕も気付いた。確かに、今のままだと玲那がそう言ってるだけで、あの子がされたことが本当だったのかどうか確認する方法がない。となると、そういう目に遭わされてきたからこうなってしまったという話に説得力がなくなってしまう。それはマズいんじゃないかな。
僕の胸に、ざわざわとしたものが込み上げてくるのを感じた。絵里奈も僕と同じようなものを感じてるように見えた。でもそんな僕たちに、星谷さんはきっぱりと言った。
「仕方ありません。では、そのための証拠集めをしましょう。13歳未満の女児への性行為は問答無用で強姦罪が成立しますが、公訴時効が確か10年だったはずです。なので時効は成立していますから刑事告訴は無理ですが、私の方で探偵事務所に依頼して証拠となり得るもの、または当時のことを知る人物を探し出し、証言してもらえるかどうか弁護士を通じて交渉してもらうことにしたいと思います」
淀みなくスラスラとそう言う星谷さんに、僕たちはまた呆気に取られてしまってたのだった。どうして彼女はそんなことを次々思い付くのか、本当に別の世界の人にしか見えないというのが正直な気持ちだった。
だけど、そうやって戸惑ってる僕たちに向かって星谷さんは、さらに驚くようなことを言い出したのだった。
「あと、これはあくまで未確認情報ですが、玲那さんの実のお母さんが亡くなった原因にも疑義があるとの情報があります」
…え?。それってどういう…?。
呆然とする僕たちよそに、星谷さんは言葉を続けた。
「玲那さんの実のお母さんは事故で亡くなったそうですが、実際には自殺、ことによると他殺である可能性も出てくるかもしれません。つまり玲那さんは、お母さんの死の真相を知り、そのため今回の事件となった可能性もあるということです」
…な、あ…?。
「何だよそれ!?」
僕たちがあまりのことに声も出せないでいると、その代わりをするかのように波多野さんが声を上げた。まさに『何だよそれ!?』だった。
「…それは、警察の内部情報ということかな…?」
山仁さんが静かに問い掛けて、星谷さんが頷いた。
「はい。私の知り合いの刑事さんからオフレコで聞いた話です。今は情報を集めてる段階らしいですが」
って、星谷さん、刑事さんにまで知り合いがいるのか…!?。ますます何者なんだろう…。
「もしそれが事実であり、また、過去の性的虐待も事実であるとすれば、これは非常に大きな意味を持ちます。大幅な減刑、いえ、執行猶予すら視野に入れられるでしょう。分かりますか?。今回の事件の被害者と加害者。果たしてどちらが凶悪な犯罪者なのかが…」




