二百四十六 玲那編 「人と人とのつながり」
「分かりました。その件については私に心当たりがあるので、少し待っててください」
山仁さんの家の二階に前回と同じ顔ぶれで集まってそこで、病院から玲那の意識が戻ったらなるべく早く退院か転院して欲しいと言われてることを打ち明けると、山仁さんがそう言ってどこかに電話を掛け始めたのだった。
「お忙しいところすいません。城原町の山仁と言います。地域課の大野さんはいらっしゃいますか?」
…地域課…?、って、もしかしたら警察?。
困惑してる僕をよそに、山仁さんは「あ、いつもお世話になっております、山仁です」と話を始め、
「実は、城東署が取り扱ってる伊藤伴生さんの事件の容疑者で、現在、市民病院に入院中の山下玲那さんの転院先を探してまして、警察病院の方で受け入れていただくことは可能かどうかっていうのを窺いたくて。というのも、実は山下玲那さんは息子の同級生のお姉さんなので、私としても何か力になれればと思ってまして。
…はい、はい、いやもちろん警察病院の方にも直接問い合わせますけど、大野さんからも事務長に一言いただけたら話もスムーズですし。…はい、すいません、ご無理言いまして。…、ああいえいえ、そこは警察に協力するのは市民の義務ですから、今後も協力させていただきます。
はい、それでは日にちなどの詳細については後ほど。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」
と言って頭を下げながら、電話を切ったのだった。それから僕たちの方に向き直り、
「たぶんこれで、警察病院の方で受け入れてもらえると思います」
だって。
僕は呆然としてた。こんな電話一本で警察の人とそういう話ができるって、山仁さん、一体何者なんだろうって思った。
でもその辺は、実はそんなに大層なことでもなくて、警察の生安課が行ってる、子供たちの安全を守るためのいろいろな活動に昔から協力していることもあって、顔馴染みの人が何人かいるというだけのことだったらしい。それで今回の大野さんという人が、警察病院の事務長の親戚なので、そこから話を通してもらうとスムーズに進むという判断だった。
「警察と言えばどうしても毛嫌いしたり遠い存在のように思う人も多いでしょうけど、警察官の人たちも普通の人間なんです。普段から交流を持っていればお互いにいろいろなことも分かってきます。情も働きます。もちろんそれでルールを曲げることはできませんが、ルールの範囲内でなら話も聞いてくれるようになりますよ」
と言われても、やっぱり僕にとってはどこか遠い世界での話のようにも思えた。けれどさらに付け加えて山仁さんが言ったことに、僕も『なるほど』と思ってしまったのだった。
「それにまあ、こう言っては何ですが、警察にとっても警察病院で受け入れてた方がいろいろ都合が良いこともあるでしょうから」
つまり単なる情の話じゃなく、警察側にも利のある話だから通りやすいというのもあったのか。そうだよね、当然だよね。
それにしたって、どうしてこんな考え方ができるんだろう?。僕には到底、頭にも浮かばないことだと思った。でも、分かることもある。それは、山仁さんにとってはそうすることが必要だったからってことだ。そうする必要があり、そのために培ったものがこうして形になってるんだと思う。僕にはできないことだけれど、山仁さんにはそれができた。だからそうした。それだけの話だと思った。
人間には、それぞれ、得意な分野や不得意な分野がある。出来ることもそれぞれ違う。そういうのを補うために昔は、持ちつ持たれつでやってきたんだろう。でも、他人と関わる煩わしさばかりに注目して、そういうことを古臭いこと、面倒臭いこととして切り捨ててきたから、人知れず子供が亡くなってたりするんじゃないのかな?。誰にも守ってもらえず、誰にも気付いてもらえず、見捨てられて命を落とす子供がいるんじゃないのかな?。
以前は僕も、そういうことに無関心な人間の一人だった。他人と関わることなんてありえない。昔みたいなご近所同士の助け合いなんて煩わしい。関わって欲しくないと思ってた人間だった。
だけど、実際に沙奈子を育ててみて、それがどれほど狭隘で思い上がった考え方だったかを思い知らされた。僕一人では、沙奈子一人守ってあげられなかった。それをとことん思い知らされた。だから僕は、そのために必要な人間関係を作っているんだ。沙奈子を、玲那を、家族と家庭を守るために必要な人間関係を。
それが他人からどれほど奇妙に見えようと不可解だろうと、僕が家族を守るために必要なものなんだ。
類は友を呼ぶと言う。まさにそれだと思う。人間として大切な部分が大きく欠けた者同士、自分に欠けた部分を補い合うために呼び合ったんだと思えば、他人にとっては無意味でありえないものであっても、僕たちにとってはそれが必要なものなんだ。無関係な他人に理解してもらう必要もない。他人から見て不要なものでも構わない。僕たちにとって必要なものであればそれでいいんだから。
自分が価値あると思うもの、自分にとって都合のいいものしか認めない人間に認めてもらう必要もない。僕も、僕にとって価値のないものと積極的に関わろうとは思わない。そういうものに価値があると思う人たち同士で集まって上手くやっててくれるなら口出しもしない。
無用な諍いを起こす関係は遠ざけつつ、自分にとって必要な関係は作り上げていく。ひょっとしたら、これからはそういうのが求められるようになっていくのかもしれないとも少しだけど思った。
山仁さんや星谷さんは、僕にとってまさにそういう存在だと思う。もっと言えば、絵里奈や玲那だってそうだった。二人が沙奈子の感情を目覚めさせてくれた。普通の女の子らしい一面も持てるようにしてくれた。僕一人だったら、いまだにとてもそこまで行ってない気がする。
ただその一方で、人間関係が増えればそれだけいろいろなことも起こるようになるっていうのも分かる。今回の玲那のことなんて、まさにそういうものの一つなんじゃないかな。玲那と関わらないようにしてたらこんな事にも巻き込まれてなかったかもしれない。でも、それでも、玲那だったら巻き込まれたっていいと思えるのも間違いなく事実なんだ。あの子のためなら一緒に罪を背負っても構わない。そう思える相手だったからこうして家族になった。それを他人にとやかく言わせない。言ってたとしても関係ない。だって僕にとっては、どうでもいい他人より玲那が大切なんだから。
そして玲那は玲那で、自分で必要な人間関係を作り上げてた。まさかアパートの他の住人を味方につけてしまうとかそこまでのことをするとは思ってもみなかったけど、でもそれはすごいことだと素直に感じる。あの子にとってはそれが必要だったんだろうからね。しかもカメラを仕掛けたことを謝罪させるとか、本当に大したものだと思ったのだった。




