二千四百四十九 沙奈子編 「楽なものだろう?」
三月十二日。日曜日。晴れ。
星谷さんが大変な仕事をこなしながらも大学の単位はしっかりと取って卒業を決めたというのは、僕にとってはもう『信じられないこと』だと言ってもよかった。僕には到底できることじゃないからね。
ただその一方で、僕自身、
『することもなく休んでいるよりは仕事をしてる方が気が楽』
という性分でもあるから、それが理解できない人には理解できないんだろうなっていうのも分かってる。玲緒奈の相手をしてることで仕事のペースが上がらないからって、本来なら休日のはずの日にも仕事をしてるのも、理解できない人には理解できないに違いない。
なにより、僕が沙奈子や玲緒奈に対してここまで気遣ってることについても理解できない人には理解できないと思う。
『なんで子供相手にそこまで遜ってるんだ?』
って感じる人もいるだろうな。だけど、
『それが分かるからこそ』
なんだよ。僕の考え方こそが常に正しいわけでも正解なわけでもないし、理解できない人には理解できないというのも事実なんだって思うからこそ、沙奈子や玲緒奈に対して一方的に押し付けることをしたくないってだけなんだ。そんなことをしても上手くいく予感がまるでない。
上手くいく予感がないのにどうしてその『上手くいく予感のないやり方』をしなくちゃいけないの?。普通に考えてそんなことをしたいと思えないと感じるんだけどな。僕が今のやり方をしてるのは、
『これでないと上手くいかないだろうな』
と感じてるっていうのが一番の理由なんだ。
『躾と称した虐待』をしてるような、『指導と称したパワハラ』としてるような、そんな人たちだってそれで上手くいくと考えてるからこそそうするんじゃないの?。僕も同じだよ。そしてたまたま上手くいってるだけなんだ。たまたま沙奈子や玲緒奈にはそれが合ってたってことだと思う。
そしてそういうのは、自分以外の誰かに対してってだけじゃなく、自分自身に対してのものもあると思うんだ。星谷さんがやってることは、彼女にとっては合ってるんだろうな。だから疲れを感じることもなくできてるんだろうな。しかも彼女は、自分がやってることを他の誰かに対しても要求したりはしない。自分がそうしてるからって、一緒に『SANA』を運営してる絵里奈に対しても自分と同じようにすることを求めてないんだよ。
もちろんそれは、星谷さんがいくつもの会社を運営してるのに対して絵里奈は『SANA』だけだっていうのもあるんだろうけど、でも自分のやり方を押し付けようとする人って、
『会社を一つ運営してるだけなんだから楽なものだろう?』
とか考えるんじゃないかな。




