二千四百四十八 沙奈子編 「苦にならない」
三月十一日。土曜日。晴れ。
「昨日は久しぶりにピカ姉えがヒロんちに来たんだよ♡」
朝、いつものように人生部の活動のためにうちに来た千早ちゃんが開口一番、そう言った。すごく嬉しそうに。ほとんど毎日、ビデオ通話で顔を合わせてはいると言っても、やっぱり実際に会えるのは嬉しいみたいだ。
もっとも、それは星谷さんの方も同じで、
「ピカ姉えもヒロに会えて嬉しかったみたいでさ、ずっとデレデレしてんの。しかもヒロから離れないしさ。で結局、家に帰んのももったいなくなって、ヒロんちに泊っていったんだよ。朝の五時にはまた仕事に行ったみたいだけどさ」
千早ちゃんが少し呆れたように話してくれたよ。
「あはは♡ ピカらしいや」
玲那は笑うけど、もちろん星谷さんのことを馬鹿にしてるわけじゃない。むしろ逆で、彼女の真剣さや、でも大希くんのこととなると途端に不器用になるところが彼女らしくて『可愛い』と思ってるんだ。玲那はね。
そして絵里奈も、
「彼女にとっては大希くんのことがモチベーションの基本になってるからね。それは大事だと思う。私は本音を言うともう少し仕事をセーブしていいからもっと彼との時間を作ったらいいのにと思ってるんだ」
と玲那に語った。もっともそれについては、マイクから遠かったのもあって、千早ちゃんたちには聞こえてなかったみたいだけど。
ただ、僕も同感かな。星谷さんは頑張りすぎだと思う。仕事もこなしながら大学の単位もしっかりと取って、卒業を決めたそうだ。だけどその分、最近では月に一~二度なんだよ。家に帰るのが。家に帰る時間も惜しんで仕事してるって。普通に過労死レベルの仕事をこなしてるはずなのに、
「休まなければ仕事のクオリティも確保できません。休息は十分にとっています」
とも本人は口にしてる。『十分な休息』というのがどの程度なのかはよく分からないにしても、画面越しとはいえ顔を見てる限りじゃ確かに具合が悪そうとか疲れがたまってそうとかいう印象はない。たぶん、彼女にとって『仕事』は苦にならないんだろうって気がする。
だけど、それはあくまで星谷さん個人の話であって、彼女はそんな自分を『スタンダード』『普通』『標準』『当たり前』とは決して思ってない。自分と同じことを誰もができて当然だとは思ってないんだ。だからそんなことを他の誰かに求めたりもしない。自分にはそれができてしまうからしているだけで。
実はそれは、彼女のご両親も同じだったんだって。自分にできるからたくさんの仕事を夢中になってこなして、そして今では多くの人の上に立つようになったんだ。
 




