二千四百二十九 沙奈子編 「自分に正直で」
二月二十日。月曜日。曇り。
ここまで見てても、玲緒奈には『魔の二歳児』とか言われるものがほとんどない気がする。自己主張はそれなりに激しかったりするからもしかすると単に僕が気にしてないからそう感じないだけかもしれなくても、でも少なくとも『そう感じない』程度には収まってると思うんだ。
それは結局、彼女が何を言いたいのか伝えたいのかを僕がきちんと聞くようにしてるからなんじゃないかな。彼女の言葉に耳を傾けるようにしてるからなんじゃないかな。そして、僕も絵里奈も玲那も、さらに沙奈子も、
『自分の思い通りにならないからって誰かに強く当たる』
ということを彼女の前でやって見せてないから、
『自分の思い通りにならなければキレていい。感情的になって当たり散らしていい。喚き散らしていい。というのが当たり前』
って感覚が育ってないからなんじゃないかな。だとしたら僕は親としてそれを誇らしいと思う。そしてそれを実地で身に付けさせてくれたのは、沙奈子との時間だったんだ。
もちろん、僕の両親や兄の振る舞いを見てて『嫌だな』と思ってて『そういうのはしないようにしなくちゃ』と『自分はあんな風にはなりたくない』とは考えてたけど、じゃあ具体的に実際にどうすれば『そういうのをしない』『あんな風にならない』ようにできるのかが分からなくて、結果、感情を押し殺してなくしてまるでロボットみたいな人間として振る舞うことしかできなかったんだ。
そこに沙奈子が来て、ただただ自分を殺して相手を怒らせないように怯えてるだけの彼女の姿を見て、見せ付けられて、自分のやってることを客観的に自覚させられたというのは間違いなくあったんだよ。今から思えばだけど。
だけど、そんな沙奈子も今では『自分を殺して』なんかいない。無闇にはっちゃけてはしゃいでってみたいなことはしないけど、彼女はそういうのは好きじゃないタイプだけど、決して無理に感情を抑え付けてるわけじゃないんだよ。たまに玲緒奈の相手をしてくれてる時も、ちゃんと楽しそうなんだ。玲緒奈のことを、ちゃんと可愛いと思ってくれてるのは見ていれば分かる。
あくまで彼女のことをよく知らない人には分かりにくいというだけで。
それでいい。かつての沙奈子のことを思えばそれでも十分に自分に正直でいられてると思う。誰かを傷付けたりすることに正直になってるわけじゃないっていうだけでさ。
自分に正直になって誰かを傷付ければ、結局はそれが自分に返ってくるはずなんだ。そんなことをしてて幸せになろうなんて、ムシがよすぎるよね。
 




