二千四百二十七 沙奈子編 「いつもの光景」
二月十八日。土曜日。雨。
小学校の三年生の時期を丸ごと学校に通わせてもらえなかった沙奈子が改めて小学校に通うことになった時に、持ち物のすべてに、それこそおはじきみたいなものの一つ一つに至るまですべて名前を書いたり名前シールを貼らないといけなかったりと、果てしないことをしなくちゃいけなかったのに比べれば、今はもう、彼女は自分のことはほとんど自分でできるようになった。
それでいて、服とかにはほとんど頓着しないから、絵里奈が買ってきてくれるものをそのまま着るだけだ。年頃になると、男の子もそうかもしれないけど、女の子は特に親が買ってくる服とかには不満を持つようになることが多いと聞くのに、沙奈子はそうじゃなかった。絵里奈のセンスが大きく沙奈子の好みから外れてるわけじゃないのもあるとしても、絵里奈が買ってきてくれるそれを、そのまま着るんだ。
これは、イチコさんや大希くんも同じだって。二人とも、自分で服とかの身に着けるものは買ったことがないらしい。
「よっぽど変なのじゃなければ服なんて着られればいいしね」
イチコさんは普段からそんな風に言ってるそうだし。
対して田上さんは、
「母親が選ぶ服とか、嫌いでした。お小遣いはもらえてましたからそれで自分で買ってました。だから結局はいつもお小遣いが足りなくて。今も学費の分を稼がなきゃだし厳しいのは確かですけど、さすがに少しは余裕もできて助かってます」
とも。
これは、絵里奈や山仁さんが、沙奈子やイチコさんや大希くんのことをよく見ててある程度は好みとかも把握してるから極端に外れたものを買ってこないというのもありそうだなって気がする。
沙奈子も、水色かそれに近い色味のを好むのは相変わらずで、絵里奈はそれを前提にして服を選んでくれるんだ。沙奈子の好みや価値観を蔑ろにしないんだよ。
もちろん、常に完璧に都合を合わせられるわけじゃなくても、まったく無視するようなことをしないから、ちょっとくらいズレてても『まあいいか』で済ませられるみたいだね。
これが、頭から好みや価値観を考えに入れないようなことをしてたら反発もせずにいられないかもしれないのかもしれない。
朝、いつものようにみんながいるリビングでそのまま着替える沙奈子を視界の隅に捉えても、それ自体が『いつもの光景』だから、僕も別に気にしない。恥ずかしいと感じて見えないところで着替えるのならそれはそれでいいと思うし、三階の部屋も一階の部屋もそのために使ってくれていいんだけど、沙奈子は今もみんなと一緒にいることを望むんだ。
僕はそれを否定しないし蔑ろにはしたくない。




