二千四百二十六 沙奈子編 「守るのが目的」
二月十七日。金曜日。晴れ。
「なんか、医者が、マスクしてない生徒がいる学校に怒鳴り込んだらしいよ。バットまで持ってさ」
玲那がスマホでニュースを見ながら呆れたようにそう言った。それについて沙奈子は、
「怖いね……」
悲しそうに呟いたんだ。
沙奈子がそういう表情をするのは、最近ではニュースとかで嫌な事件とかがあった時くらいかな。もちろん千早ちゃんのお姉さんの千晶さんの件とか、琴美ちゃんの両親がプレゼントでもらったストラップをネットフリマで売ってしまったとか、そういうことでも同じ表情をしたのもありつつ。
だけど、家のこととか家族のこととかでは、そういう表情を見せたりはしないんだよ。それが僕にとってはある意味自慢だった。
僕も確かに『法律やルールや決まり事を守るのは大事』と思ってるけど、でもそれは、
『法律やルールや決まり事を守ることそのものを目的にしてる』
わけじゃないんだ。『法律やルールや決まり事を守ることそのものを目的に』してしまうと、玲那が言ってたニュースの医師のようなことをしてしまうんだろうなって思う。そしてそれは、『法律やルールや決まり事に縛られないことを目的に』してしまうのも同じなんだろうな。だから、それらは単なる『コインの裏表』なだけで、本質は同じだと思うんだよ。
『法律やルールや決まり事に縛られないことを目的に』してしまうと、それこそ『バイトテロ』や『迷惑行為』みたいなことをしでかしてしまったりもするんだろうしね。だって、動画とかを見てても、
『法律やルールや決まり事に縛られない自分、カッコいい!。カッコいいは正義!』
って感覚があるんだろうなっていう印象が強いし。そしてそれは、『法律やルールや決まり事を守ることそのものを目的に』してても同じ。学校に怒鳴り込んだ医師についても、本人は正義感のつもりだったんだろうし。どちらも、
『自分の振る舞いについて客観視しようとしてない』
という意味では同じものなんじゃないかな。
だから僕は、『法律やルールや決まり事を守ることそのものを目的に』しようとは思わないんだ。あくまでそれを守ることで自分や自分の家族や今の暮らしを守るのが目的なだけであってね。
今の沙奈子の穏やかな表情を守りたいから、大切にしたいから、なんだよ。だから当然、誰かが法律やルールや決まり事を守ってないからって正義感を振り回して騒ぎを起こすなんてこともしようとは思わない。
今回のニュースの医師の家族や身近な人はこれで平穏を乱されることになるんだろうね。『バイトテロ』や『迷惑行為』の時と同じで。




