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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百四十二 玲那編 「沙奈子の行動力」

悪夢のような一日が過ぎた翌朝、僕たちは意外なほど冷静だった。いくら泣いたって嘆いたって今までと同じ日常に戻れないのなら、新しい日常を積み上げていけばいいんだと気付いたからかも知れない。


いつものように絵里奈と一緒に朝食の用意をして、沙奈子が起きてきたらみんなで朝食を食べて仕事と学校の準備をして、沙奈子に『いってらっしゃい』のキスをもらって『いってきますのキス』を返して、絵里奈と一緒に家を出た。


沙奈子も、笑顔までは戻ってないけど、精神的にはかなり落ち着いてるのは分かった。これなら学校に行ってもらう方が、大希ひろきくんや千早ちはやちゃんがいる分、むしろ安心できる気がした。


部屋の前の雪だるまはすっかり崩れてしまっていたけど、意外と溶け切らずに残ってた。道や地面に積もってたのはすっかり溶けてしまったのに、やっぱりある程度の塊になると溶けにくくなるんだな。


なんてことを考えながら絵里奈と一緒にバスに揺られ、会社に向かった。昨日、突然休んでしまったから少々気まずかった。とは言え、何年か前にもインフルエンザに罹って休んだことはあったから、それに比べれば一日で済んで良かったんじゃないかなとか思ってた。


上司から小言ももらったけど、まあこのくらいなら想定の内だし余裕でスルーした。午前の仕事を終え、社員食堂に行くと、絵里奈がまた呆然とした様子で座ってて、僕は胸がざわつくのを感じた。


「玲那が、解雇されました…。いえ、自己都合で退職したことにされました…。それも、先週の金曜日付けで……」


絵里奈からそう言われても、僕はやっぱり変に冷静な自分を感じてた。


『そうか、先手を打ってきたんだな…。会社から殺人未遂の犯人を出したってことにしたくなくて……』


と思っただけだった。これで玲那は、事件当時は『無職』だったことになる。事件の犯人にやけに無職が多いのは、こういうトリックがあるのかも知れないとも思った。


でもまあそんなことはどうでもよかった。事件を起こしたのは事実なんだから解雇されるのも当然だと思う。この会社は従業員に対してそんなに優しくないのは最初から分かってた。分かってて勤めてた。他に行く当てもないからね。


ただ…。


「どうやら、玲那と仲が良かった私も、会社としては辞めてほしいみたいです。それとなくそういう話をされました……」


なんて、絵里奈まで辞めさせようとしてることについてはさすがに腹が立った。けどそれも、想定の範囲内って感じだった。この会社だったらそれくらいするよなとしか思わない。


「そうか…。無理はしなくていいよ。我慢できなかったら辞めてくれていい。貯金も多少あるから、しばらくはもつと思う」


僕のその言葉に、絵里奈は俯いたまま応えた。


「私も、少しくらいなら貯えがあります。今のうちに次の仕事を探しておきます…」


そうだ。追い出そうとする気なら、別にこんな会社にしがみつく必要はない。そんなことで神経をすり減らして追い詰められるくらいなら、さっさと見切りを付けるのが得策だと思う。もともと給料も良くないし。


でも僕は、あえてここを辞めるつもりはなかった。今は玲那と僕の関係について会社も把握してないだろうからいちいちこちらから言う必要もないし。本当、絵里奈と結婚したことも玲那と養子縁組したことも言わなくて良かったと今は思う。


しかしこれで、玲那も完全に僕の扶養家族ってことになったわけになるのかな。やれやれ大変だ。いや、違うな。そんなのは大したことじゃない。玲那を守るのなら当然のことだ。やってやるさ。


昼休憩が終わり、職場で絵里奈がどんな目に遭ってるかとか考えるといてもたってもいられなくなりそうだったけど、無理なら辞めるということを決めたおかげで、何とか仕事に集中できた。


それにしても、しちゃいけないことをした玲那が辞めさせられるのはまだ分かるとしても、玲那と仲が良かったからというだけで絵里奈まで追い出そうとするとか、悪質さでは犯罪レベル。いや、退職に追い込もうとして嫌がらせをしてるのなら、本来それも労働基準法か何かに抵触するはずだよな。普通に犯罪だろ。


ただもう正直、そんなことにまで噛み付く気力はなかった。こんな企業が野放しになってる時点でお察しだし、どうでもいいやって投げやりな気分もあった。こんな会社相手に悶着起こす力があるなら、玲那のために使いたい。


いずれ何かのはずみで僕と玲那が親子だってことが会社にバレて嫌がらせを受けたとしても、得意のスルースキルでやれるところまでやってやるさ。


そんなことを考えつつも残業に突入して社員食堂で夕食を食べてる時、僕のスマホに着信があった。見ると山仁やまひとさんだった。電話に出た僕の耳に届いてきたのは、いつもとは少しトーンの違う山仁さんの声だった。


「すいません。沙奈子ちゃんのことでお聞きしたいんですけど、沙奈子ちゃん一人で玲那さんのお見舞いに行くのを認められましたか?」


…え…?。


一瞬、意味が分からなかった。沙奈子が玲那のお見舞い?。何のこと?。


「え…と、すいません、どういうことでしょうか…?」


言葉の意味は入ってきても、状況が掴めずに聞き返すと、山仁さんが「やっぱり…」と呟いた。それに続けて、


「実は今日、大希ひろきから聞いたんですが、沙奈子ちゃん、学校が終わってからうちに寄らずに一旦、家に帰ったそうなんです。それから五時くらいに改めてうちに来たらしいんですが、どうやらその間、一人でバスに乗って玲那さんのお見舞いに行ってたらしいんです」


って…。ええ!?。


あまりのことに僕は混乱していた。沙奈子が一人でバスに乗って玲那のお見舞い?。いや確かに、昨日、バスで玲那が入院してる市民病院まで行ったから、どのバスに乗ってどこで降りればいいのかは見てたかもしれない。でも、昨日の今日であの子が一人でそんなこと…?。お金だって持って…る?。そうだ、お金持ってる。バス代くらい余裕な程度には持ってるよ!。


そうか、クローゼットの引き出しに仕舞っておいたお小遣いとお年玉の中からバス代を出して自分で玲那のお見舞いに行ったんだ…!。


そのことに気付いて、思わず頭を抱えてしまった。


「…わざわざありがとうございます。後で本人にはちゃんと言っておきますから…」


そう言った僕に、山仁さんはいつも通りの穏やかな感じに戻って言葉を掛けてくれた。


「勝手なことをしたのは良くなかったと思います。ただ、あまり叱らないであげてください。沙奈子ちゃんもきっと、玲那さんのことが心配でいてもたってもいられなかったんでしょう」


ありがたかった。もしこの時、こう言ってもらえてなかったら、僕は家に帰った途端に沙奈子を怒鳴りつけていたかも知れなかった。でも山仁さんの言葉のおかげで、まずは沙奈子の話を聞いてからと思えたのだった。


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