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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百三十九 玲那編 「玲那に何があったのか」

「カナ、もしあなたがお兄さんをぶっ殺していれば、今ごろ私たちはこうして一緒にいることができませんでした。どういう事情があっても人を殺せばそれは殺人です。あなたは逮捕・拘束され、弁護士以外は面会すらままならなくなるでしょう。よって『ぶっ殺す』という提案は承認できません。却下します」


冷静に見ればまるでコントのようなやり取りにも見えたかもしれないけれど、星谷ひかりたにさんは真剣な表情で、明確に、そして毅然として、きっぱりとそう言った。その時の僕たちにとっては、とても笑いごとにできるようなものじゃなかった。


「分かってる…、分かってるよそんなこと…、でも、でもよぉ……」


俯いた波多野さんの目から涙が零れ落ちるのが見えた。それを、隣に座っていた、僕が初めて見る女の子、田上文たのうえふみさんと、波多野さんを挟んで座ってたイチコさんが、背中を撫でて慰めていた。


星谷さんも決して波多野さんを責めてるわけじゃないっていうのは、彼女を見る星谷さんの目がどこか辛そうに感じられたこともあって僕にも分かった気がした。星谷さんはただ、合理的客観的な観点からの現実的な結論としてそう言ってるだけなんだと思う。


そんな星谷さんが僕たちを見て、冷静に言葉を掛けてきた。


「では、山下さんからも何か補足があればお願いします」


補足と言われても、僕の知ってることなんて限られてた。あの子が何かすごく苦しいものを抱えてて、たぶんそれが原因で今回のことになってしまったんだろうという程度のことしか分からない。だから何を言えばいいのか戸惑っていると、突然、絵里奈が声を上げたのだった。


「分かりました。皆さん、玲那について私が知ってることをお話しします。いたるさんも聞いてください…」


姿勢を正して僕の方を見た絵里奈の目に、はっきりとした強い決意のようなものが見えた気がした。だから僕も、思わず姿勢を正してた。


「私も、あまり詳しいことは聞けてません。でも、私が知ってることだけでも、玲那がどうしてあんなことをしてしまったのか、分かる気がします…」


みんなを見ながらそう言った後、絵里奈はまた僕を見て言葉を続けた。


「これは本当なら、私の口から言うようなことじゃないと思ってたの。だからできれば玲那が自分で言えるようになるまで待つつもりだった。だけどこんなことになってしまった以上、達さんにも知って欲しいんです…」


再びみんなの方に向き直り、絵里奈は静かに語り始めた。


「玲那は、売春をさせられていたんです…、それも、実のお父さんの命令で……」


その言葉に、そこにいた全員が息を呑むのが分かった。それは僕も同じだった。


「しかも、ただの売春じゃありません。それは玲那が、10歳の時から始まったそうです……」


…じゅ…!?。10歳…!?。


僕は頭が混乱するのを感じていた。ある程度のことは想像してたけど、10歳!?、じゃあ、今の沙奈子の頃からってこと…!?。


「…当時、玲那のお父さんは、派遣型の風俗店を経営していて、でもそれが思わしくなくてってしてた時に、お客の一人に小学生の女の子が相手をしてくれるなら10万出すって言われたらしいです。そして玲那のお父さんは、まだ10歳だった玲那を売ったんです。10万円で…。


そしたらそのお客は大喜びで、他にもお客を連れてきてくれたそうです。玲那目当てのお客でした…。玲那は、ほとんど毎日のようにそのお客たちの相手をさせられたそうです……。


しかも、それに味を占めた玲那のお父さんは、他にも援助交際とかをしてた女の子を集めて、元締めみたいなことを始めたということです。その時、玲那だけじゃなくて、他にも小学生の女の子が何人かいたそうです…。


ただそれは、玲那が中学に上がった頃に突然終わったみたいです。警察にバレそうになり、慌てて解散したとのことでした。それからはそんなことはありませんでしたが、その時にはもう玲那は、壊れてしまっていたんです……」


意味が分からなかった。僕も、もしかしたらと想像してたことはあったけど、絵里奈の口から語られたのは、僕の想像をはるかに超えていた。


ああでも、そう言えば、沙奈子の運動会を見に行った時、玲那が言ってたな。『お父さんは運動会なんか見ないで他の父兄と商談してた』みたいなことを。まさかその時の『商談』って…?。


絵里奈の話に、その場は凍り付いたみたいになってた。山仁さんも眉間にしわを寄せて目を瞑り、口を固く結んでた。イチコさんも顔を伏せて、辛そうな表情だった。星谷さんも、田上さんも…。でも一番、驚いたような顔をしてたのは、波多野さんだった。絵里奈の方を見て、固まってる感じだった。


「何だよそれ…、ありえない…、ひどすぎるだろ……」


絞り出すようにそう言って、目に涙をいっぱい溜めて…。


「ごめん…、その話聞いたら、なんか恥ずかしくなってきた…。あたしばっかり辛いって思ってた気がする…。ごめんなさい……」


いやいや、そんなの、波多野さんは何も悪くない。悪くないよ。そんな風に思いながらも、それは言葉にはならなかった。波多野さんのことを見ながら首を横に振るのが精一杯だった。


重苦しい空気を再び破ったのは、星谷さんだった。キッと顔を上げて背筋を伸ばして、


「大変言いにくいことを打ち明けていただけて、感謝します。これで私も覚悟が決まりました。私の持ちうるすべての力を用いて今回の事態の対応に当たらせていただきます」


って。その言葉に呆気に取られてた僕に向かって、星谷さんは言った。


「玲那さんについては、私の方から弁護士を紹介させていただきます。事情が事情ですから、情状酌量の点で検討すべきことがあるでしょう。後日、弁護士と改めて今後の対応について詳細に話し合っていただくことになると思います」


それから波多野さんの方に向かって、


「カナのお兄さんについては、正直申し上げて犯情が非常に悪印象なので情状で争うのではなく、刑を終えた後の社会復帰と再犯防止のためのサポート体制を構築し、その充実をアピールすることで潔く刑に服してもらうことにしましょう。それが現時点での方針ということでよろしいでしょうか?」


よろしいでしょうかと言われても、僕には星谷さんの言ってることの意味がよく分からなくて、判断のしようもなかった。でもその勢いに押される形で、何となく頷いてしまってたのだった。


本当に、他人から見たらきっと茶番にしか見えなかった一時ひとときだったとは思うけど、でも僕たちからしてみると、こういう風に芝居じみた、どこか現実味に欠けた形にしてくれたことで、すごく気持ちが軽くなった気がしたのも事実だった。山仁さんや星谷さんがそれを意図してたのかどうかは分からない。でも、これで僕たちが助けられたのも間違いないことだった。


こうして僕は、改めて玲那の罪を一緒に背負う決意をすることができたのだった。


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『でもそれが思わしくなくてってしてた時に…』???
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