二千三百六十 SANA編 「家族とまともな」
十二月十三日。火曜日。曇り。
昨日の会社での打ち合わせは、正直、クライアント側の無茶な要求にかなり苦労させられたものだった。僕はあくまで図面を引くだけの役目だからそれこそ口出しできなかったけど、一緒に打ち合わせに出ていた営業担当と上司が苦心していたのは察せられた。こういうストレスをいかに上手く発散するかが大事なんだろうなって気がする。
でもその上司も、普段はとても理性的で穏やかな印象の人だから、きっとプライベートで上手くそれを発散できてるんだろうな。奥さんとお子さんの写真がいつもでデスクに飾ってあって、嬉しそうにそれを眺めてる姿を何度も見た。幸せな家庭があるからこそ穏やかでいられてるんだろうなっていうのも伝わってくるよ。
一方、洲律さんは人形との時間を過ごすことで慰められてるんだろうな。そしてそんな彼女の在り方を理解してもらえてるから職場でもそのことについてあれこれ言ってくる人もいない。仕事の上ではスケジュール的に厳しい時もあるみたいだけど。
そうだよね。仕事そのものでは大変だったりつらかったりする場合が少なくないはずなんだ。なのに仕事以外のことでまでストレスを掛けられるなんて、すごく理不尽だと感じるかな。
その意味では、今の職場はすごくありがたい。仕事に対してはそれなりに厳しい要求がされても、それ以外については基本的にのんびりした空気なんだ。これは社長の方針でもあるらしい。と言うか、社長自身が仕事以外のことで面倒を掛けられるのが嫌いというのがあるそうで。
確かに給料は飛び抜けていいわけでもないにしても、社長自身が普段から品のいい感じの国産乗用車に乗ってて、決してすごく贅沢をしてる印象もないというのもあって雰囲気も悪くない。
『上に立つ者はそれなりの身なりをするべきだ』
と考える人もいるだろうけど、この会社はそもそもそんなたいそうな規模のそれじゃない、言ってしまえばただの中小企業だからそこまで見栄を張る必要もないってことみたいだね。
いずれにせよ職場そのものの居心地もいいんだよ。給料が高くないんならせめて環境くらいは好ましいものであってほしいのも正直なところじゃないかな。
飲み会とかも強要されないし。
「お酒に頼らないとコミュニケーションも取れないなんて、それってただのコミュ障ですよね」
洲律さんもそんなことを言ってた。彼女も、お酒に使うお金や暇があるなら人形に費やしたいタイプだから。
そうだね。お酒に頼らないと職場の人間とさえまともなコミュニケーションを取れないような人が家で家族とまともなコミュニケーションを取れるのか疑問かな。
特に子供とね。




