二百三十六 玲那編 「事情聴取」
一時間ほど玲那が見える場所にいたけど、何も出来ないしどうすることも出来ないことを思い知って、僕たちは病院のロビーで呆然としてた。これからどうすればいいのか全く分からなかった。その時、僕のスマホに着信があった。警察からだった。さっきは後日伺うと言ってたけれど、もし可能なら今から話を伺えますかとのことだった。
他にできることもないし、逆に僕の方からも詳しい事情を聞けるかもしれないし、せっかく仕事も休んだしということで、城東警察署へと三人で向かった。警察署では、僕と絵里奈同時に話を聞きたいと言われたけど、児童相談所でのことがあったから沙奈子を絶対に一人にはできないと思ってそれは断った。僕が話を聞かれてる時は絵里奈が、絵里奈が話を聞かれてる時は僕が沙奈子の傍に付き添うためだ。
取調室と言うよりは何だか応接室みたいな部屋に通されて、普通にお客扱いって感じでお茶も出された。たぶん、容疑者じゃなく単純に関係者から話を聞くだけだからなんだろうとは思った。それでも、いかにも刑事って感じの男性が二人と、僕の話した内容を記録するためだろうなって感じの制服の警官が一人、部屋にいた。
僕と向かい合って座った、一見すると柔和そうにも見えるけど、目は明らかに笑ってない、50代くらいの刑事さんが口を開いた。
「え、と、山下達さん…ですね?。捜査一課の権藤と申します。本日はわざわざご足労いただきまして、ありがとうございます」
そう言って頭を下げられて、僕もつられて頭を下げた。
「それで、さっそくなんですが…」
と言いかけた権藤と名乗った刑事さんの言葉を、僕はあえて遮った。
「その前に、何があったのか教えてもらえますか?。話はそれからということでお願いします」
僕の言葉にその刑事さんはもう一人の少し若い感じの刑事さんと顔を見合わせて、何か目配せした後、向き直って言った。
「分かりました。捜査上の機密についてはお話しできませんが、お話しできる範囲でなら事情を承知していただいた方が何かと都合もいいでしょう。お話しします。それで、単刀直入に申し上げますと、伊藤玲那さん、いえ、現在は山下玲那さんですか、彼女には、殺人未遂の容疑が掛けられているんです」
殺人…未遂…?。玲那が…?。いや、分かってた。それはニュースで聞いた分だけでもそうなるだろうなとは思ってた。でも僕が知りたいのは、何がどうなってそうなってしまったのかっていうことなんだ。
権藤さんは続けた。
「玲那さんは、実母である京子さんの葬儀の最中に、突然、包丁を持ち出して、葬儀の喪主である実父の伊藤判生さんの腹を刺し、全治一ヶ月の重傷を負わせた直後、自らの喉をその包丁で刺して自殺を図り、現在、意識不明の重体で入院中というのが事件の概要になります」
そう説明されても、意味が分からなかった。どうしてそんなんことになってしまったのかってことを僕は知りたいのに、その説明じゃ何も分からなかった。だけど、これ以上は尋ねても無駄だろうなというのも感じた。
それに、僕には分かっていた。これはきっと、玲那が抱えていた闇がそうさせたんだろうってことを。沙奈子が児童相談所で自分の腕をボールペンで突いたようなことが起こってしまったに違いないと思った。
そうだよ。やっぱりこれは、僕のせいだ…。僕が玲那を止めてあげなかったからこんなことになったんだ……。分かってたはずなのに…、知ってたはずなのに……。どうして僕は、あの子を行かせてしまったんだ……。
ちくしょう…、ちくしょう……。
僕は泣いた。拳を握り締めて、唇を噛み締めて、刑事さんたちの前だというのも構わずに泣いた。悔しくて悔しくて、自分が許せなくて泣いた。
しばらくしてようやく少し落ち着いてから、僕は自分の知ってることは全部正直に話した。
「あの子が、元々の家族のことで何か大きな悩みを抱えてることは知ってました…。でも詳しい内容まではまだ聞けてません……」
僕が語れることは、たったそれだけでまとめられる程度のことだった。
「あなたは、伊藤玲那さんと養子縁組を行って親子になられたようですが、それは何故ですか?」
事件に何の関係があるのか分からなかったけど、そう聞かれたから、
「あの子は、父親が欲しかったんです。たぶん、自分のことをちゃんと見てくれる父親が…。僕は、そんなあの子の力になってあげたかったんです……」
その説明を、刑事さんたちがどう捉えたかは分からない。だけどそれは嘘偽りなく僕にとっての本当の理由だった。僕は、あの子の家族になってあげたかった。あの子が失った家族を取り戻させてあげたかった……。
「伊藤さんの家族の間で何かトラブルがあったということは、こちらとしても把握はしています。ですが、そのトラブルの詳細というものが、今はまだ分からないんです。玲那さんとお父さんとの間に一体何があったのか?。我々は、それが今回の事件のカギを握っていると思っています。本当に、何か聞いてらっしゃらないんですか?」
その言葉に僕は頭を振るしかできなかった。
「分かりません。とにかくあの子にとってものすごく辛いことがあったらしいとしか分かりません…。ただ…」
「ただ…?」
「あの子が以前、言ってたんです。『お父さんは、私に酷いことなんかしないよね?』って…。その酷いことっていうのが何なのかは、怖くて聞けませんでした……」
「その『お父さん』というのは、実のお父さんのことですか?。それとも…?」
「僕のことです。僕は今、あの子の父親ですから…」
「…分かりました。それでは今日のところはこれでもう結構です。また後日、お話を窺うこともあるかもしれませんが、ご協力、お願いできますか?」
「はい、僕にできることでしたら…」
話はそれで終わって、僕は沙奈子と絵里奈の待つ待合室へと戻ってきた。二人は泣いてた。不安で不安で仕方なくてって感じで泣いてた。
「沙奈子、おいで…」
僕がそう言って手を広げると、沙奈子は飛び込むようにして僕に抱きついてきた。胸に顔をうずめて、ぎゅって腕に力がこもってた。そんな彼女を、僕も抱き締めた。壊さないように力は加減しながら、でも苦しくさせない範囲でできるだけ強く抱き締めた。この子にまでこんな思いをさせてしまったことが悔しくて、僕はまた泣きそうになった。
でも僕と沙奈子がそうしてる間に、絵里奈が呼ばれて僕がいた部屋の方に女性警官に付き添われて行った。それに気付いた沙奈子が、
「お母さん…」
と縋るように声を出した。それに振り返った絵里奈はもう、ボロボロと涙をこぼしてた。僕は沙奈子を改めて抱き締めて言った。それしかできなかったんだ。
「大丈夫。お話を聞くだけだから、お父さんと同じようにお話が終わったら戻ってくるから。一緒に待ってよう。ね……」
 




