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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百三十五 玲那編 「もう、戻れない…」

何だ…?、いったい何を言ってる…?。玲那がどうしたって……?。


いや、そんな馬鹿な。玲那が人を刺した…?。いやいや有り得ないだろ。ああそうか、同姓同名の赤の他人だよきっと。年齢も一緒だけど、玲那のはずないじゃないか。だってあの子はもう、伊藤玲那いとうれいなじゃなくて山下玲那やましたれいなだよ?。人違いさ。


僕はそんなことを頭の中で巡らしてた。なのに、そのニュースで言われてる『伊藤玲那容疑者26歳』というのが本当に玲那のことじゃないというのを、間違いないことだと思いきれずにいた。体の力が抜けてその場に座り込んでしまいそうになるのを何とか抑えてる状態だった。


沙奈子は僕に縋りついたまま泣いてるし、絵里奈も涙でぐっちゃぐちゃの顔のまま呆然としてるし、本当にもう意味が分からなかった。


それでも三人で抱き合って訳も分からないまま泣いて、しばらくしたらそれも何とか落ち着いてきて、沙奈子を絵里奈に任せて僕はお風呂に入った。でも頭がくらくらして現実感がなかった。シャワーを頭から浴びたままで固まったりもしてた。体と頭をちゃんと洗えたのかどうかも分からないまま湯船に浸かってまた固まってしまってた。


お風呂から上がって部屋着に着替えた僕が座椅子に座ると、沙奈子はのろのろと僕の膝に座ってきた。絵里奈も僕に縋りつくみたいにして体を寄せてきて、僕たちはまた泣いてた。


10時になってほとんど夢遊病者みたいに三人で布団を敷いて、倒れ込むようにして布団にもぐった。そして三人でくっついて、ただ泣きながら寝てたのだった。




水曜日。朝。かろうじて普段の習慣が体に沁みついてるからなんとかなってる感じで朝食の用意をしてた時、玄関のチャイムが鳴らされた。何事と思ってドアを開けたら、いかめしい顔をした男の人が何人も立ってて、その中の一番年配そうな人が手帳を僕の前に差し出した。


「城東警察署です。実は、山下玲那さん、旧姓・伊藤玲那さんの件でお伺いしました」


そして紙を取り出して僕に示して、


「こちらが、捜索差押令状です。山下玲那さんの私物について、差し押さえし、押収してもよいという裁判所からの許可証です。ご協力お願いします」


別に威圧する感じでも脅す感じでもなく、淡々と事務的に説明する感じのそれに、僕は逆らうとか抵抗するとかそんな気も起らなかった。そして、家に入ってきた捜査員の人達は意外な程に丁寧で腰が低く、ドラマとかで見るような乱暴な感じで家の中のものをひっくり返すこともなかった。


どれが玲那の私物かということを僕に聞いてきて、正直に答えたら「分かりました。ありがとうございます」と言いながら、それを一つ一つ見て回ってた。


しかも結局、押収されたものと言えば、玲那が持ってきたHDDレコーダーと、デジタル一眼レフカメラと、メモリーカードと、玲那と絵里奈が共有で使ってた化粧品とかだけだった。僕のノートPCやスマホ、絵里奈のスマホも「ちょっと確認させていただけますか?」と言われて見せたけど、操作履歴を確認してる感じがあっただけで押収されることはなかった。


そして30分ほどで、実に呆気なくそれは終わって、押収した品物の目録を渡されて、その上で帰り際に、


「後日改めてお話をお伺いさせていただくこともあると思いますので、ご協力お願いします」


とやっぱり丁寧に言われただけだった。だけど僕はそこでようやく、


「あの…、玲那は…?、玲那はどこですか…?」


と聞くことができたのだった。すると他の捜査員の人と小声でやり取りした後、


「現在、市民病院のICUに入院中です。一応面会謝絶のはずですが、ご家族でしたら様子を窺うだけならできるでしょう」


って教えてくれた。市民病院と言えば、バスで直接行けるところだ。そんなに近かったのか。そうだよな。城東警察署って言ったら市内だし、その管轄内で起こった事件ということか。そこに玲那の実家はあったんだな。


もう何が何だかわけが分からなかった。分かったのは、やっぱりニュースで言われてたのは玲那のことだったんだなっていうのが実感できたというだけだった。


捜査員の人達が来た時には沙奈子はまだ寝てたけど、異変を察したのか玄関を開けた時に目を覚まして、それからはずっと部屋の隅で絵里奈と一緒にじっと待ってただけだった。まるで、石膏像みたいに固まった真っ白な顔のままで。


それからもうどうすればいいのか分からなかった。だけどとても仕事に行ける状態じゃないと思って、僕も絵里奈も会社に電話して体調不良を理由に欠勤を申し出た。部署が違うから二人同時でもそんなに影響は大きくないはずだけど、絵里奈の方は玲那も当然休んでるから大変かも知れない。でも今日はもう無理だった。沙奈子も今日は学校を休んでもらうことにして、僕たちはとにかく出掛ける用意をした。


沙奈子の集団登校の集合時間まで待って、今日は学校を休むことを告げて、そのまま三人でバス停に向かった。さすがに道路や歩道の雪もかなり消えてたけどまだ少し残ってた。冷たい風が吹いてくる中でバスを待って乗り込んで、市民病院を目指した。


病院前のバス停で降りると、受付で面会を申し出た。病院には伊藤玲那の名前で入院してたけど、僕が山下玲那名義の本人の保険証を提示すると、面会が許可された。その代わり、警察官の人が一人、僕たちに付き添う形になった。玲那が傷害事件の容疑者だからということらしい。


そして僕たちがガラスの壁ごしに目にしたのは、いくつものチューブに繋がれてベッドに横になる玲那の姿だった。信じられないけど、信じたくないけど、それは間違いなく玲那だった。僕たちの家族の山下玲那に間違いなかった。


「れ、玲那ぁ……」


絵里奈が、腰が抜けたみたいにヘナヘナとその場にしゃがみこんだ。沙奈子はそんな絵里奈に抱きついてた。僕はその場に立ち尽くして、玲那の姿をただ見てるしかできなかった。


なんだ…?。なんでこんなことになったんだ…?。僕たちはどこで何を間違ったんだ…?。やっぱり…、やっぱり玲那を行かせるべきじゃなかったっていうことなのか?。あの時、僕が玲那を止めなかった所為なのか……?。


それに気付いた途端、僕の目から涙が溢れてた。両手を握り締め、真っ直ぐに玲那の姿を見詰めながら、僕は泣いていた。


ごめん…、ごめん玲那…。僕のせいだ。僕があの時、もっとちゃんと考えてれば……。


そうだ、そうだよ。僕は分かってたはずなんだ。玲那がものすごく大きな闇を抱えてるってことを。自分の腕をボールペンで何度も手加減なく突いた沙奈子が抱えてるもの以上の闇があったのを僕は知ってたのに、分かってたのに、見て見ぬふりをしてしまったんだ…。


僕のせいだ…。僕の判断が甘かったから、こんなことになってしまったんだ……。ごめんよ、玲那ぁ……。


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