二千三百四十七 SANA編 「つい手が」
十一月三十日。水曜日。曇り。
千晶さんの妊娠の件で、千早ちゃんは千晶さんをひっぱたいてしまったりもしたそうだ。だけど千早ちゃん自身は決してそれを正当化してはいない。
「つい手が出ちゃったけど、さすがに妊婦をひっぱたくとか普通に有り得ないよなあ……」
なんてことも言ってた。そう考えられる千早ちゃんが『つい』手が出てしまうほどのことだったんだなというのが分かる気がする。
彼女は本当にいい子だよ。理性的で知性的で、でも情に厚くて。その千早ちゃんを悲しませただけでも、千晶さんは罪深いことをしたと思う。
堕胎したことがよくないって意味じゃなくて、生む気もないのに、育てられないと自分でも分かってるのに、軽々しく妊娠するようなことをしていたというのがね。
実際、睡眠導入剤か何かを飲まされて何人もの男性に乱暴された時に妊娠したのかどうかは分からないみたいだ。なにしろ、当時の彼氏との間でも避妊はしてなかったらしいし。
そんな千晶さんが当たり前のように妊娠して、子供が欲しいと考えてる人のところに来ないというのが本当に皮肉だな。
「私は妊娠まではしなかったけど、それだけが本当に幸いだったと思ってる」
実の両親に売春を強要されてお客を取らされていた玲那が心底忌々しそうにそう言った。『妊娠しなかった』のは幸いでも、それで『よかったよかった』という話には決してならない経験だったというのが痛いほど伝わってくる。だからこそ千晶さんの行いの無責任さを思い知らされる。なのに当の千晶さんはどうにもそれを反省もしていないように見えるらしくて。
「私ももう、あいつのことは見限りました。私にさえ迷惑を掛けなけりゃそれこそ好き勝手に生きててくれてどうぞ。って感じです」
吐き捨てるように千早ちゃんが言う。彼女にそれを言わせてしまうこと自体が情けなくて仕方ない。
千晶さんに対して責任を負っているのは、千晶さんをこの世に送り出した母親なのは間違いないし、千早ちゃんに千晶さんをどうこうしなきゃいけない責任はまったくないと僕は思う。思うけど、悲しいな……。
同じ親の下に生まれて、千早ちゃんと千晶さんとはどうしてここまで違ってしまったんだろう。千晶さんも真面目に働いてるのは立派だと思うのに、それ以外ではどこまでもだらしない。
「父親に似たんですよ。きっと」
パチンコばかりしていてまともに仕事もしなくて、それで母親に家から追い出されたという父親。なるほどその姿から学んでしまったんだと思えばその通りかもしれないね。
本当に残念だけど。




