二千三百二十六 SANA編 「千晶姉えの子供」
十一月九日。水曜日。晴れ。
千晶さんの妊娠の件については、今日も結論が出なかったみたいだ。そう千早ちゃんからメッセージがあった。でもそれは、千晶さん自身が迷ってるという以上に、金銭的な問題があるのかもしれない。相手の男性が逃げてしまって連絡も取れないから、堕胎費用については千晶さん自身が全額負担することになるはずなんだ。
なにしろ、母親も上のお姉さんも、
「自分で何とかしろ。私らを頼るな」
って言ってたそうだし。
確かに、そんな不実な男性と付き合って軽々しくセックスまでしてたのは、千晶さん自身だ。その責任は間違いなくあると思う。だけど、相手の男性と、何人もで千晶さんに乱暴したという人らの責任はもっと大きいはずだよね。ただ同時に、その男性らの責任について母親と上のお姉さんが肩代わりしなきゃいけない理由がないのも事実だとは思うかな。
でも、だからって堕胎費用を惜しんで出産に踏み切るとしたら今度は出産費用が掛かってくる。出産一時金は出ると言っても、あくまで一時金だ。しかも実際に掛かる費用に比べるとすごく心許ない額なのも確かだし、生まれてからなんだ、本番は。手間も費用も。
さらに、石生蔵家は、母親が看護師をしていて年収四百万円以上、お姉さんたち二人がそれぞれパートで年収二百万円ほどの、合わせて世帯年収としては八百万以上だから、出産についての扶助は出ない。
そういう意味じゃ、間違いなく堕胎する方が金銭的な負担は少なく済むと思う。
堕胎の際に事故でもない限りは。
そんな現実もちゃんと理解した上でないと、判断はできないよ。そしてそれを承知した上で、僕は、生んでくれるなら、子供は僕の手で育ててもいいと感じてる。だって、『千早ちゃんの姪か甥』だから。僕にとっての沙奈子と同じだから。それもあって、なんだか他人事じゃないんだ。
なんて身勝手なことも考えてしまってる。こんな僕が『善人』であるはずがない。
『父親が誰かも分からない、母親に育ててもらえない、でも生まれてきてもらいたい』
とか考えてる僕のどこが善人なの?。ただのエゴイストだよね。
その事実を理解していたい。だけどそれでも、もし、生まれてきてくれるのなら、受け止めてあげたいんだ。それは正直な気持ち。
「私も、千晶姉えの子供ってことなら、相手の男のことなんかどうでもいいから、生まれてきてほしいって思うんだ」
千早ちゃんも、沙奈子たちの前でそう口にしてた。しかもそれは口だけじゃないって、今の千早ちゃんの姿を見てるからこそ感じる。




