二千三百二十四 SANA編 「丸投げしてしまう」
十一月七日。月曜日。晴れ。
『私は、実際に子供を生んで育ててる母親として千早ちゃんの言いたいことも分かる。そんな無責任なって思う。だけど、『育てる自信のない子供を生むのは無理』って気持ちも、分からないでもないんだ』
この中では唯一、自分自身で子供を妊娠して出産して育ててる絵里奈のその言葉は、とても重いものだと感じた。どれほど『母親の心理』を想像しても結局は『想像してるだけ』の僕に、本当の『母親としての実感』なんか分かるわけないのも事実だと思う。
いくら僕自身が『自分の実の子供じゃない』沙奈子を育ててきたと言っても、そんなのは、『幸運にも恵まれただけの出たとこ勝負』でしかなかったのもやっぱり事実なんだよ。僕にはその実感がある。それこそ骨の髄まで。思い返すだけで背筋が寒くなる。
その一方で、経験を積み、こうして力になってくれる周りの人がいる今の僕なら、あの時みたいな綱渡りをしなくても育てていける自信もある。玲緒奈を育ててることで『復習』できてる。確認できてる。だから、
『千晶さんの子供だって育ててみせる』
と思える。思えるけど、何より重大な点は、『千晶さんは僕じゃない』という点だ。
『育てる自信のない子供を生んでそれで赤の他人に丸投げしてしまう』
なんてことを躊躇なくできる人かどうか、僕には分からないんだよ。それが分からない時点で、僕は迂闊なことを言える立場じゃないんだ。
確かにここで強引なくらいに、
『僕が育ててみせる!。だから生んでほしい!』
的な啖呵を切って千晶さんの子供を引き取れればカッコもつくかもしれない。だけどそんなのは漫画やアニメやドラマの中の話だよね。現実にはそんな簡単な話じゃない。僕にだってそのくらいは分かる。
それに何より、絵里奈が玲緒奈を妊娠して出産してここまで育ててくれた様子を見て、出産は命懸けだっていうのは分かるし、だからこそ千晶さんに対して、
『命懸けで子供を生め』
なんてこっちからは言えないんだよ。かろうじて、肉親であり家族である千早ちゃんだけだと思う。いくらかでも口出しできるのは。だけどその千早ちゃんが言っても『子供は生まない』という意思を変えられないなら、それはもうどうすることもできないと思うんだ。
千晶さんや相手の男性がどれほど不実でも、それに対してどんなに憤りを覚えても、所詮は赤の他人でしかない僕が踏み込めるところじゃないよ。
それと同時に、もし、千晶さんの気が変わって子供を生んだ上で任せてくれるなら、受け入れる覚悟はある。
できるのはそこまでだ。




