二千三百二十三 SANA編 「実際に子供を」
十一月六日。日曜日。晴れ。
今日、『SANA』として、僕と絵里奈と玲那とイチコさんと田上さんとでワクチンの集団接種を受けてきたけど、別にこれといった副反応もなかったから、それについては何も語るべきことはなかった。それよりも、
「……」
千早ちゃんのお姉さんの千晶さんが誰の子供かも分からない子供を妊娠したという話を聞いて、結人くんがすごく険しい表情になっていた。彼にとってはそれこそ『地雷』みたいな話だったと思う。彼自身の境遇がまさに、
『父親がどこの誰かも分からない』
それだから。そんな不実な両親を持ち、挙句の果てに母親に殺されそうになった経験のある彼がその話に強い嫌悪感を抱いても何も不思議はないだろうな。
しかもそれは、沙奈子にとっても似たような話だし。沙奈子の場合は、母親がどこの誰だか分からないんだ。戸籍上の母親として記載されてる女性は、本当の母親の身代わりで名前を貸しただけというのが、星谷さんが探偵を使って調べたことで判明してる。その女性当人も探し出して接触したらしい。
本当に無茶苦茶だよ。これを僕の実の兄がやってた、やらせてたっていうんだから、こんなので人間というものを信じろと言われたって納得できるはずがない。
それもあって、結人くんほどじゃないにしても、沙奈子も沈痛な表情になってた。
だけど、
「正直なところ、僕たちが口出しできることじゃないっていうのは、確かだと思う……」
僕としてはそうとしか言いようがなかった。これは、星谷さんも同じ。
「そうですね。すでに成人したお姉さんがどこのどなたとどのような交際をしようとも、それは本人の自由でしょう。道義的な問題はあるとしても、ご本人が相手を訴えるというような意思がないのであれば、私たちには手出しもできません」
というのが結論だと思う。
「でもよ!。ふざけてるだろ!。子供を何だと思ってるんだ!?」
珍しく一真くんが強い口調でそう言った。彼の言いたいことは僕にもすごく共感できる。感情の点では千晶さんのしてることは許せない。許せないけど、家族でもない僕たちにはどうすることもできないんだ。
すると千早ちゃんが、
「私もさ、『お姉ちゃんが育てられないってんなら私が育てる』って言ったんだよ。そしたらお母さんが、『あんたに子供を生んで育てることの何が分かる!?』ってキレて。『どうせ生まれたってそんな奴の子供なんてロクなのになるわけないだろ!。だったら堕胎せ。でも金は自分で用意しろよ、千晶!。私は出さないからな』って……。『お前がそれを言う?』って思ったよ……」
すごく悔しそうに。そこに絵里奈が。
「……私は、実際に子供を生んで育ててる母親として千早ちゃんの言いたいことも分かる……。そんな無責任なって思う……。だけど、『育てる自信のない子供を生むのは無理』って気持ちも、分からないでもないんだ……」




