二千三百十五 SANA編 「仲のいいお姉さん」
十月二十九日。土曜日。晴れ。
今日はまた土曜授業があるから沙奈子たちは朝から学校に行ってる。
篠原さんのことは、今までのところ大きな問題にはなってなかった。篠原さん自身が遠慮してるみたいだね。自分が思ってることはあるけど、それを強く主張できない状態と言うか。
だけどそういうのは、決して健全な状態とは言えない気がする。彼女が望んでそうしてるのならまだしも、
『言いたいけど言えない』
という形だったら、あまり好ましいとは思えないんだ。
『言いたいことも言えない世の中なんておかしい』
と声高に口にする人については違和感しかないけど、だからと言って鬱屈した気持ちをただ押し殺して周りに合わせてるだけというのも違うんじゃないかな。
もちろん何でもかんでも正直になればいいというわけじゃないのも事実だよ。みんなで楽しく歓談してる時に場を乱すような発言をする人というのはやっぱり好かれないだろうし。
だけど、それでも、なんだ。せめて誰かに正直な気持ちを打ち明けられればと思う。そしてそれができるのは千早ちゃんなんだろうな。
沙奈子たちが帰ってきて一階の『人生部の部室』に集まってるのに、千早ちゃんと篠原さんの姿はなかった。
「千早は今日は遅れるって。篠原さんと一緒にいるから」
とのことだった。だから今日は水族館は見送る。そして一時間ほど遅れて千早ちゃんは帰ってきた。
すると彼女は、
「優佳は、しばらく来ないかも」
って。千早ちゃんの説明によると、
『相手を人間だと認めるからこそ何一つ正確じゃないことを言わないなんてことはないと理解する』
『成人するまでのたった数年すら待てないような人に誠意なんてない』
僕たちがそう考えてることについて篠原さんはどうしても飲み込めないみたいで、居心地が良くないって。
だけど千早ちゃん曰く、
「まあそれは建前かもね。ホントのところは、ヒロがピカ姉えのものだってのがつらいんじゃないかな」
とのことだった。これについては大希くんは、
「いや、僕は別にピカ姉えと付き合ってるとかじゃないけど……」
とは口にするものの、
「じゃあヒロはピカ姉えのこと好きじゃないってのかよ?」
千早ちゃんに問い詰められて、
「別にそんなわけじゃないけどさ……」
困惑しきりだった。彼のそれは、優柔不断とかというのとは違うと思う。今の時点では彼自身、星谷さんへの気持ちは、
『仲のいいお姉さん』
って感じなんだろうな。『異性として意識してる』みたいなそれじゃないんだ。『LOVE』じゃなくて『LIKE』ってことだろうね。ただ同時に、だからって篠原さんに気持ちが向く可能性があるかと言われると、そんな予感は、傍目にもまったくないのも正直なところではある。




