二千三百十 SANA編 「それはそうだよね」
十月二十四日。月曜日。曇り。
大希くんがお父さんである山仁さんに対して『お父さんって子育て下手だよね』と口にしてしまったことに対して、沙奈子は、
「私は、お父さんのこと、そんな風に思ってないから」
と言ってくれた。だけど僕としては、『お父さんって子育て下手だよね』みたいに言われたところで、
『それはそうだよね』
としか思わないかな。だって僕は、沙奈子が小学校の四年生の時にいきなり親代わりになって、それこそ何も分からないままで手探りでやってきただけなんだ。今から思い返してもゾッとする。どうして上手くいったのか自分でも分からない。本当に周りの人に助けてもらえて運良く致命的なことにならなかっただけだって気しかしないから。それで『お父さんって子育て下手だよね』って言われたって、
『いや、本当にその通りです。ごめんなさい』
って謝るしかできないよ。むしろそうじゃなきゃおかしい。偉そうに言えるようなことなんて何一つできてなかった。僕はただただ沙奈子が僕の下にいることでつらい思いをしないで済むようにって考えてただけなんだ。
しかもそれは、玲緒奈に対しても同じ。玲緒奈が僕と絵里奈の勝手でこんな世界に送り出されただけだっていうのに、そのことに対して何も不満を持たないとかおかしいんじゃないかな。今はこんな風に言ってくれてる沙奈子だって、もっと大人になってから、
『実はあの時、こんな風に思ってんだ』
みたいなことを言い出しても驚かないよ。
『反抗期は必ずあるもの』
だって思うんなら、子供が親に対して不満を抱いたり疑問を抱いたりっていうのは逆に当たり前のはずだよね。山仁さんに対して僕の印象としては何か反抗しなきゃいけないようなことは何もなさそうだなって感じてても、つい、『お父さんって子育て下手だよね』なんてことを言ってしまわずにいられないだけの不満は感じていたということは、子供の話に耳を傾けてくれないような親を持ったらそれこそ反発したり反抗したりして当然だよね。
とにかく、大希くんの発言は『反抗期だから』ということでだいたいは落ち着いた。世間一般で言われてるような反抗期とは全然違うとしても、大希くん自身の正直な言葉をぶつけるということで、きっと反抗期なんだなって感じるんだ。それ以上の、悪罵や暴力みたいな形で発露するのと比べればすごく穏やかだなっていうだけでさ。彼にはそれ以上の強い反抗を向ける必要がないってことだと思う。
沙奈子も内心では何か不満を抱いても、それが他の誰かへの八つ当たりみたいな形で現れず、僕に対する直接の振る舞いってことだったら。あっても構わないよ。




