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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百三十 玲那編 「二人の時間」

沙奈子と絵里奈がお風呂から上がって、玲那が次にお風呂に入った。その時、絵里奈が僕に聞いてきた。


「何かあったんですか?」


玲那が涙ぐんでるのに気付いたらしかった。


「何かあったって言うか、何もないようにするためにっていう話かな」


さすがにその言い方だとピンとこなかったらしくて、


「玲那が抱えてきたものを、これからは僕も一緒に抱えていきたいっていう話をしてたんだ」


と言うと、今度は伝わったらしくて、絵里奈は顔を両手で覆って、


「ありがとうございます、ありがとうございます…」


って。沙奈子もこれには驚いたらしくて「お母さん、どうしたの?」って心配そうに聞いてきた。


だから僕は、沙奈子を膝に座らせながら言った。


「玲那お姉ちゃんもお父さんの大事な娘だから、もし辛いこととかあったらちゃんと相談してねって言ってたんだよ」


それで彼女には伝わったみたいだった。


「そうだね、お父さんはわたしとおねえちゃんのお父さんだもんね!」


嬉しそうにそう言った沙奈子に、僕も込み上げてくるものを感じてた。この子は、玲那のこともちゃんと大好きで、ちゃんと考えてくれてるんだって思ったのだった。




翌朝、月曜日。今日は成人の日で休日だから、特に予定もないし、とにかくのんびりすることにした。絵里奈と二人で朝食の用意をして、玲那と沙奈子が起きてきたらみんなで朝食にして。それから掃除と洗濯をして沙奈子の午前の勉強をしてると、玲那がまた「行ってきま~す」と出て行ってしまった。


昨夜の話のことなんかどこ行っちゃったんだろうなって感じにも思えるけど、大丈夫、あの子も分かってくれてるって気がした。僕のことをちゃんと見て、僕の目を見て挨拶してくれたからね。


時々、壁の向こうから笑い声とかが聞こえつつ、沙奈子の方は勉強をしてた。絵里奈が来てからは更に順調に進んでた。絵里奈は、決して怒鳴ったり責めたりせずに、沙奈子と一緒に勉強で遊んでる感じでやってくれてた。だから元々、勉強は嫌いじゃなかったこの子にとっては、それこそ渡りに船だったって気がする。


絵里奈も決して目立つタイプじゃないし、本当は積極的に前に出るタイプじゃないんだと思う。だけど僕や沙奈子の前では強いところも見せるんだよな。僕に対しては押しが強かったり、児童相談所の一件の時みたいに相手に食って掛かったり。守りたいものを前にすると力を発揮するタイプなのかもしれない。って、まさに『お母さん』って感じじゃないかな。


何てことを思いながらのんびりしてたらお昼前になって昼食の用意してるところに玲那が帰ってきた。そしてお昼が終わって沙奈子の午後の勉強も終わると、不意に玲那が、


「ほらほら、今日もデート行っといで。できる時にしておかないと後悔するよ」


ってまたニヤニヤしながら言ってきた。そんな玲那を真似して沙奈子も、「こうかいするよ」って。玲那と違ってニヤニヤじゃなくてニコニコって感じだけどね。ただ、この子なりに僕と絵里奈が仲良くいられるようにも気を遣ってくれてるんだなっていうのはすごく感じた。そんな二人の気遣いをありがたく受け取らせてもらって、僕と絵里奈はデート?に行ったのだった。




やっぱり日が暮れてから玲那と沙奈子にいつものスーパーまで来てもらって買い物をして、今日はその帰りにラーメン屋に寄ってラーメンと餃子を食べた。僕が沙奈子の虫歯に気付いたあのラーメン屋だ。四人でニコニコしながらラーメンを食べてると、店主の小父さんが、不意に声を掛けてきた。


「お嬢さん、すっかり元気になったみたいだね」


まさかそんな風に声を掛けられるとか思ってなかったから僕は一瞬、呆気に取られてしまってた。それから、


「この子のことですか?」


って聞き返してしまった。そしたら小父さんは、


「うん、あん時はびっくりしたよ。いきなり『ごめんなさい、ごめんなさい』だもんな。何事かと思った」


「覚えてらしたんですか?」


「そりゃあ、あんなのしょっちゅうあることじゃないからね。でも、あん時の子がこんなにニコニコしてられるとか、今は幸せなんだなって思うとよ…」


そう言った小父さんの目が潤んでるように見えた。そして、


「うちの息子もちょうどこの子くらいの時に大きな病気してね、あの頃は本当に大変だった。家ン中も殺伐としててよ。離婚寸前までいったもんだ。けど、それも何とか乗り越えて、息子も元気になって、今じゃ大手家電メーカーの課長で、俺より稼いでらあ」


と語る小父さんの向こうで、奥さんらしき女の人が黙々と食器を洗ってた。でもその女の人の目にも涙が滲んでるように思えた。


そうか、やっぱりみんな、いろいろあるんだよなってことを実感させられた。しかも、いくら印象的な様子だったからってただのお客の一人でしかなかった沙奈子のことを覚えててくれて、涙まで浮かべてくれて…。そういう風に、本当にすれ違った程度のこの子のことも見てくれてる人がいるんだなって思った。こういう目が、子供たちを見守ってるんだなって…。


お店を出て歩き出すと、絵里奈が声を掛けてきた。


「沙奈子ちゃんの虫歯の件ですか?」


まだ少し涙声だった。店主の小父さんの話を聞いてる間、やっぱり泣いてたからなあ。まあそれはそれとして、僕が沙奈子の虫歯に気付いた経緯については、すでに絵里奈と玲那にも話してた。そのことだって気付いたらしい。


「うん、さすがに他人から見ても記憶に残るくらい印象的だったんだなって改めて思ったよ」


両手を僕と絵里奈と繋いだ沙奈子を見ながら答えた。僕を見上げる沙奈子が少し照れ臭そうに笑ってる気がした。もしかしたらこの子も、以前の自分のことを言われるのはちょっと恥ずかしいのかもしれないと思った。もしそう思えてるのなら、むしろそれはいいことのような気がする。辛かった当時を照れ臭く感じられるのならね。


「沙奈子ちゃん、今は楽しい?」


玲那がいきなりそう聞いてきても、沙奈子は「うん!」と大きくはっきり頷いた。僕もそれが何よりだと胸がいっぱいになってしまった。


家に戻ってお風呂に入る。沙奈子と絵里奈がお風呂に入ってる間、やっぱり玲那は僕の膝に座ってた。


「今の沙奈子ちゃん、他の人から見ても幸せそうに見えるんだね」


さっきの話の続きだと思った。だからぼくも「そうだね」って応えた。すると玲那が、


「私も幸せだよ」


って僕の方に振り向きながら言ってきた。その上で僕の胸に顔をうずめるようにしてスーって大きく息を吸い込んで、


「うん、絵里奈の匂いがする」


と呟いた。それに続けて、


「大丈夫。私も幸せだから…。だからお父さんと絵里奈にはもっと幸せになって欲しい…」


そう言いながら顔を上げて僕の目を見て二カッと笑って、


「だからちゃんと、二人だけの時間を作って絵里奈の気持ちをしっかり捉まえといてね、お父さん。私も協力するからさ」


悪戯っぽく笑いながら言う玲那の目に、涙がきらりと光ってたのだった。


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