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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二十三 沙奈子編 「相対」

読書感想文って面倒だよな。僕もまともに書いた覚えがない。大体いつもあらすじ書いて最後に「おもしろかったです」で終わってた気がする。大人になった今なら少しはマシなものが書ける気がするけど、子供には確かに意外と難しい気がする。


夕食を終えて風呂にも入って、僕の膝に座って本を読み終えて、いざ感想文を書く用紙を前にすると、沙奈子は固まってしまっていた。だから、


「誰の、どういう行動とか言ってることに対して沙奈子はどう思ったか、まず書いてみたらどうかな」


と言ってみた。すると彼女は、主人公じゃなく、その友達が主人公に対して意地悪なことを何故したくなったのか不思議だと書いた。僕はそれを見て、意外といいところに目を付けてる気がした。しかも彼女はさらに、自分は意地悪なことをされたら嫌なのに、どうして他の人に意地悪なことをしたくなるのが分からないみたいなことも書いた。


…だよな。沙奈子にとってそれは、ものすごく切実な問題だと思う。そして沙奈子は、『わたしは、いじわるする人にはなりたくないと思いました』と締めくくった。


それを読んで僕は、自分が事情を知ってるから余計にそう思うだけかもしれないけど、彼女の気持ちがすごく伝わってくる内容だと思った。しかも、自分が意地悪されたから自分も誰かに意地悪するんじゃなく、そういうことをしない人になりたいっていうのが、すごく沙奈子らしいって言うか、この子のそういうところを大事にしてあげないといけないと思った。


その本は、主人公と動物の関わりについて触れたものだから主なテーマとかにはあまり関係なかったとは思うけど、感想文なんて読んだ本人がどう感じたかってことなんだから、それでいいよな。担任がこれを読んでどう評価するか知らないけど、僕は素直にいいと感じた。涙が込み上げそうになるのを我慢しながら、僕は言った。


「上手に書けたと思うよ。これだけ書けたら十分じゃないかな」


そして頭を撫でてあげると、彼女は照れ臭そうに笑った。


それから沙奈子が大事そうに宿題用のファイルケースにしまうのを見届けて、


「じゃあ、そろそろ寝ようか?」


と、その日はそのまま寝ることにしたのだった。




読書感想文も終わり、沙奈子の夏休みはとうとう自由研究と絵日記二枚だけになった。だけど、僕は自由研究って本当に適当な工作だけだったから、どう考えたらいいのか分からない。女の子で工作っていうのもどうかっていう気がするし…。今は夏休みの工作のキットも売ってるから、その中で女の子っぽいのを探す感じかなあ。


絵日記は、それこそどうしよう?。やっぱり二人でどこかへ出かけた方がいいのかな?。そうなると海が定番なのかな?。次の土曜日辺り、海に行ってみようか。僕の夏季休暇はお盆過ぎだし、その辺だとクラゲも増えそうだから、やっぱり早めの方がいいよな。電車で割と気軽に行けるところでないと大変だよな。


昼休み、社員食堂で一人で昼食を食べながら僕はそんなことを考えていた。すると不意に、声を掛けられた。


「ここ、いいですか?」


声がした方を思わず見上げると、女性社員が二人、食事のトレーを持ったまま立っていた。


「あ、はい、どうぞ…」


僕が少し戸惑いながらそう返事をすると、二人はニコニコ笑いながら僕の前に座ったのだった。入社して以来、こんなことは初めてだった。いや、正確には、入社したばかりの頃に先輩が何度か一緒に昼食を食べるということはあったけど、そういうのはそれこそただの新人への気遣いだっただろうから、カウントすることじゃない気がする。その時の先輩ももうとっくに退職したし。


いったい何の用だろうと訝しがる僕を尻目にその二人は、


「山下さんって、前はいつも難しい顔して近付き難い感じの人だと思ってたけど、最近は何か丸くなったって言うか、表情が柔らかくなった気がしますね」


「実は前からちょっとタイプかなとか思ってたんですよ」


とか何とか二人して一方的にしゃべっていた。だけど僕はそういうノリが基本的に苦手で、適当に相槌を打つしかできなかった。趣味とか好きなタイプとかいろいろ聞かれたけど、顔を見たことあるくらいで名前も知らない相手にどうしてそんなことを答えなきゃいけないのか分からなくて早く終わらせたくて、曖昧な返答だけで受け流した。そうしたらいきなり二人は顔をぐっと寄せてきて、


「山下さんは、付き合ってる人とかいるんですか?」


とか聞いてきた。何だかいかにも僕に気があるみたいな口ぶりだけど、それでもどうしてもからかわれてるだけの気がして、とにかくもうそこで終わらせようと思ってきっぱり言ったのだった。


「僕、子供いるから…」


すると二人は、


「え!? 結婚してらっしゃったんですか!? うそーっ!?」


って。


嘘って何だよ。失礼だなと、だんだん不快になってきて、


「じゃ、そういうことだから」


と僕はその場を立ち去ったのだった。


ああでも、これだから僕は駄目なんだよなとは自分でも分かってた。だけどあんな風にぐいぐい来られると、頭が混乱してしまって訳が分からなくなるんだ。だから僕のところに来たのが沙奈子だったことが、お互いにとって運が良かったんだと思った。


食事をしただけのはずなのに妙に疲れてしまって、僕は家に帰りたくなってしまってた。それでも仕事はしないといけないから何も考えないようにして集中して、8時過ぎに終えることができた。


帰りのバスの中、僕は昼のことを思い出していた。今にして思えば別にあの女性社員達も悪気があったわけじゃない気がする。だったらもう少し普通に接してもよかったんじゃないかとも思う。でも、それが僕にはできない。他人を信用できないから警戒して、緊張して、上手くできない自分が嫌で、不快に感じてしまうんだ。自分で勝手に他人に対して壁を作ってるのは分かってる。


けど、あの二人が言ってたな。僕が丸くなった、柔らかくなったって…。


もしそれが本当なら、たぶん沙奈子のおかげなんじゃないかな。あの子のことを思ってると、僕はすごく落ち着くって言うか、ある意味自分のことが客観的に見られるって言うか…。


…そうか、そうだよな。あの子は僕の鏡みたいなものだった。あの子を通して、僕は、僕自身を見てるんだ。その分、焦る必要も慌てる必要もあまりないから、落ち着いていられるんだ。


それに比べてあの女性社員の二人は、ちょっと自己主張が強すぎて、そこには僕の姿が映らない。彼女達の、<自分を見て欲しいアピール>の圧力に、今の僕じゃ対応できないんだな。


そう思えると、なんだか急に僕は可笑しくなってきた。あの二人の圧力を前におたおたする自分の姿を想像して、勝手に笑えてきた。彼女達は確かにデリカシーみたいなのは足りないかも知れないけど、別にそんなに身構えることじゃないよな。僕の方が意識しなければそれでいいんだ。彼女達にどう思われたって、今の僕には関係ないんだし、受け流しておけばいいんだよな。


「ただいま」


部屋に着いてドアを開けて、僕が声を掛けると、


「おかえりなさい」


と応えてくれる沙奈子に映る僕を見て、僕は自分が何をどうすればいいのか学んでいけばいいんだと、改めて感じたのだった。


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