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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百二十九 玲那編 「綱渡り」

僕と沙奈子がここまでこれたことは、本当に紙一重でたまたま上手くいっただけっていうのはこれまでも分かってたことのつもりだった。でも冷静に客観的に振り返ったらいかに危うい綱渡りの状態だったのかをつくづく思い知らされた。まず、塚崎つかざきさんに出会えたのだってただの偶然だし。それまでの状態なんて、本当に食事だけ与えて後は知らないってものだったし。


もし、あそこで塚崎さんに出会ってなかったら、きっと今の僕たちはいなかった。それどころか何か事件になっていた可能性だって十分にある。いや、学校に通わせることさえ出来てなかったわけだから、もうそれ自体が事件だもんな。預かってから一ヶ月、学校に通わせてなかったことも、僕の方から塚崎さんにそのことを相談したっていうことで大目に見てもらえただけだし。その分、兄には子供に教育を受けさせる義務を果たしてなかったという嫌疑が掛けられているらしい。と言っても、そんなに真剣に捜索とかしてるわけじゃないみたいだけど。


考えてみればそれ以前に、沙奈子が僕のところに来るまで無事だったことも相当な綱渡りの状態だったんじゃないかな。いくら自分が責任を負うのが嫌だと考えてたんだとしても、よく放り出さずにいてくれたとさえ思う。それだけは感謝してもいいかも知れないっていう気にさえなる。


もともと人生なんてある意味では綱渡りっていう一面はあるかもしれないけどさ。だけどわざわざ危険なことをする必要もないんじゃないかな。避けられるリスクは避けて、無用なトラブルも起こさないように心掛けた方がいい気はする。


そんなことをあれこれ考えてる間に、ホットケーキは焼き上がって、絵里奈と星谷さんが大人の分を焼いて、みんなでそれを食べてた。三人とももう本当に上手に作れるようになったな。ハンバーグの作り方も習って実際に作れて、これでもう料理とかの基礎は身に付いたんじゃないかって気がした。これからどういう風に生きていくにしても、自分でそういうことができるっていうのはきっと役に立ってくれると思う。特に大希くんなんて、優しくて料理もできてなんて、すごくポイント高いんじゃないかな。絵里奈もそう思ったみたいで、三人が帰った後に、


「大希くんって、ナチュラルに女の子に好かれるポイント満載ですよね。男女変わらずに自然な感じで接することができるし乱暴な感じがしないし、なのに軟弱な感じもないし、しかもホットケーキもハンバーグも作れるとか、このまま真っ直ぐに育ってくれたらきっとモテモテですよ。今もひょっとしたら秘かに想ってる女の子も実はいるかも」


だって。だよね。そう思うよね。もちろん本当にこのままの感じでいられるかどうかはまだ分からないとしても、少なくとも穏やかで大らかな感じでいてくれれば、ずっと沙奈子の友達でいてほしいとも思う。恋愛とかそういうのを経験する相手としても理想的かな。なんてのは、親としての勝手な想いだけどさ。でも正直、彼が相手ならそんなに心配もしないで済みそうで、余計な綱渡りにならずに済むかな、っていうのは思ってしまったりするんだよね。


ただ、星谷ひかりたにさんっていうすごく強力なライバルがいるというのは、大きな壁かな。


沙奈子に、『大希くんのことをどれくらい好き?』って聞いてみようかなと思って、だけどそれは呑み込んだ。この子の様子を見てる限りだと、まだまだ友達以上には思ってる様子が全くないから。そんな風に聞かれても困るだけって気がした。


だからその辺はこのくらいにして、僕の膝に座って午後の勉強をしてる後姿を見てると、改めてここに来たばかりの頃の印象とは全然変わってるように思えてきた。何て言うか、存在感が違うっていうのかな。少し体も大きくなった気がするせいもあるとしても、間違いなく力強い感じにはなってきてるって思える。


もちろん、他のもっと活動的で活発な子に比べれば全然大人しい沙奈子だけど、それでも以前の彼女と比べると明らかに変わってはきてるって言ってもいいんじゃないかな。


あの頃は、本当に吹けば消えるんじゃないか、ちょっと強く触っただけで壊れるんじゃないかっていうくらいに弱々しい印象だった。それが随分とマシになってきてる気がするんだ。それを思うと、以前のこの子は、存在そのものが綱渡りだった気もする。その点で言えば少しは安心感があるって感じたりもする。


その一方で、この子の抱えてるものが、これからの綱渡りということになっていくかもしれない。自分の腕をボールペンで手加減なく突けるなんていうのは、自分に向けられてももちろん危険だし、万が一にも他人に向けられたりしたらそれこそ取り返しのつかないことにも十分なると思う。それをそうさせないように、そうならないように自分の危ない部分をどうコントロールしていけばいいのかっていうのを、この子は身に着けていかないといけないって改めて感じた。なまじ力強さが増してる分だけ、危険も大きくなるはずだし。


でも、それを考えてる時、ふと玲那のことが頭をよぎった。そう言えばあの子も、すごく大きくて深い闇を抱えていたはずだ。今の普段の様子からしたら想像もつかないかも知れないけど、時折見せる表情に、ふっと影のようなものがよぎるのを、僕も気付いてた。たぶん、以前から無意識のうちに感じ取ってたものだって感じもする。だからあの子が闇を抱えてること気付けた気がする。僕と絵里奈が初めて唇を合わせるキスをしたのを見てしまってヤキモチを妬いた時、絵里奈に対して見せた表情とか、今でも思い出すと背筋が寒くなる。本当に怖い目をしてた。あの子も、もしかしたら今でも綱渡りを続けてるのかもしれない。


沙奈子だけを見てればいいっていうわけじゃないっていうのを、僕は改めて感じてた。


午後の勉強が終わってから、今日は三人でスーパーに買い物に行って、しばらく寛いで、沙奈子と絵里奈が夕食の用意をしてるところに、


「ただいま~、うお~、今日も楽しかった~!」


とテンション高く玲那が帰ってきた。その明るい笑顔に安心しながらも、その向こうに隠されてるものを思って胸がチクリと痛むのを感じた。だから僕は、夕食の後、沙奈子と絵里奈がお風呂に入ってその間に玲那が僕の膝に座った時、黙って抱き締めていた。


「お父さん、どうしたの?」


いきなり僕の方からそんなことをしたからか玲那が驚いたみたいに聞いてきた。


「…玲那、愛してるよ…。沙奈子と同じで、玲那も僕の大事な娘だ。もし何か辛いことがあったら僕にも言って欲しい。僕も一緒にそれを背負うから。そのために、親子になったんだから……」


そう言って抱き締める僕の腕を、玲那も抱き締めてた。抱き締めながら、「うん…、うん…」って何度も頷いた。


「ありがとう、お父さん…」


玲那がそう言った時、僕の手に水滴が落ちる感触を感じたのだった。



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