二千二百三十五 SANA編 「それが僕の考え」
八月十日。水曜日。晴れ。
僕が政府を批判しないことを批判する人も世の中にはいるだろうけど、だからこそ僕は人前で政治の話は基本的にしないようにしてるんだけど、前にも言ったように僕は別に政府のすることを何でも無批判に受け入れてるつもりはないんだ。ただ、
『何かあったら結局は国や自治体が用意した制度や支援を利用することになるんだよね?』
と考えると、目先の感情だけで考えてちゃいけないような気がするんだよ。目先の感情だけで考えるなんてことをしているから『仕事もしない国会議員』みたいなのが選出されるんだろうなって気がするし。
僕個人の好き嫌いや感情とは別にいろいろ考えないといけないなと思ってる。
ワクチンのこともそうだ。『陰謀論』みたいな、
『自分が上手くいかないのは陰謀の所為だ!』
みたいなことを言い出す大人ではいたくない。沙奈子や玲緒奈にそんな自分の姿を見せたくないんだよ。
子宮頸がんワクチンのことも、ワクチンを打ったことで何かあったとしても、ワクチンを打たなかったことで沙奈子や玲緒奈が子宮頸がんを患ったりしたとしても、どちらもきっと後悔する。だったら、自分がした選択についてきちんと向き合って、後悔そのものも受け止めないといけないと思うんだ。そう考えると、ここまでに日本脳炎やはしかや破傷風とかのワクチンをすでに打ってきてるんだから、いまさらだしね。
何より、陰謀論みたいなことを吹聴してる人たちは、政府以上に責任なんて負わないはずだよ?。陰謀論みたいなことを吹聴してる人たちは『障害年金』みたいな保障制度を用意してくれているの?。支援制度を用意してくれているの?。声ばかり大きくても、実際には何もしないよね?。だったら政府以上に信用に値しないと思うけどな。
万が一のことがあったって、少なくとも何らかの保障制度や支援制度が用意されている方ならまだ何とかなると感じる。それを選択したことにまだ納得できると感じる。
それが僕の考えだよ。
もちろん、沙奈子が自分で別の結論を出して、その自分の選択に自分で責任を負うのなら、それについては尊重するけど。だけど子宮頸がんワクチンについては、受ける方で彼女も納得してくれた。そして何も問題がなかった。なかったから別にいい。後二回の接種はあるにしても、そっちも受けるつもりでいてくれてる。千早ちゃんもね。
『選択を後悔するかどうか?』なんて話になったら、沙奈子を施設に預けなかったことも、玲緒奈に来てもらったことも、僕が自分で選択したことだ。それがどういう結果を招いたとしても受け止めるだけだよ。世の中の親は、そうじゃないの?。




