二千二百三十 SANA編 「ちょうだい!」
八月五日。金曜日。曇り時々雨。
連日の猛暑・酷暑はありつつも、『SANA』の本社の方はすっかり順調に機能してるらしい。例の騒動以降、いきなり押しかけてくるお客も今のところはいないって。
「もしそういうのがいても体裁を保てるようにしたんだけどなあ」
玲那は苦笑い。僕はまだ見てないけど、山下典膳さんのところの山下さん監修の下で設置されたミニギャラリーも上々の出来で、実は、
「毎日、山下典膳さんのドールをじっくりと見られて眼福です♡」
絵里奈が一番喜んでるっていうね。だから今日は、夏休みの課題も完全に終わらせたこともあって、朝から沙奈子も一緒に自転車で『SANA』の本社に出勤してる。ドレス作りも向こうでするから、帰りも三人一緒だ。
つまり、沙奈子と絵里奈と玲那が帰ってくるまで僕と玲緒奈は二人きりだ。だけど玲緒奈も、絵里奈や玲那がいないことにも慣れて平然としてる。待ってれば帰ってきてくれるのが分かってるんだ。
玲緒奈の食事については、絵里奈が用意してくれたのが冷蔵庫に入ってるからそれをレンジで温めて食べればいい。僕の分も、玲緒奈のメニューに合わせたものが用意されてる。本当は僕が自分で用意してもよかったんだけど、僕が別のものを食べてると気付くと玲緒奈が欲しがるんだ。
「パパ!。ちょうだい!」
って言って。
他の人はそういうところも『我儘』だと感じるかもしれないけど、僕はそうは思わない。単純に彼女はまだ幼くて未熟だからその辺りの線引きが上手くできてないだけなんだ。僕たちの振る舞いを見ている間に徐々に学んでいってくれるのが分かるから、焦る必要はない。
大人でもいるよね?。自分の要求ばかり一方的に通るのが当たり前だと考えてる人。自分の行いだけが許されて当然だと思ってる人。そういう人は赤ん坊と同じだと僕は思う。そういう人も別に周りの大人に厳しくされてこなかったわけじゃないと感じる。むしろ逆かな。
『自分以外の人には厳しいけど、自分には甘い』
そんな大人の姿を見て育ってきたんだろうなって考えると腑に落ちるんだ。むしろそうじゃないと説明がつかないよ。玲緒奈がそれこそおっぱいを要求したりおしっこやうんちが出たと一方的にぐずってたのがだんだん緩やかになってきてる理由が。『パパ!。ちょうだい!』と言ってたって、別に泣き喚いてるわけじゃないからね。どうしても玲緒奈にはまだ早いものだったりしたら、
「ごめんね。これはまだ玲緒奈には美味しくないから」
って言うと、すごく不機嫌そうにはなりつつも、
「ぶーっ!」
と不満そうにはしつつも、分かってくれるし。それでも、いつもいつもだとさすがにと思うから、そうならないようにメニューを揃えるんだ。




