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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百二十一 玲那編 「ニュース」

「うひょ~!、楽しかった~!、めっちゃ盛り上がった~!」


夕方、夕食の用意をしてた僕たちのところに、玲那が帰ってきた。すごく笑顔でハイテンションだった。しかも少し声が枯れてる感じがする。相当盛り上がってよっぽど楽しかったんだなと思った。


しょうがない子だなと思いつつも、幸せそうな笑顔を見ると、「良かったね」としか言えなかった。


でもその時、ニュースを見ようと何となくつけてたテレビから聞こえてきた音声に僕たちはハッとなった。それは、僕たちが住んでるこの地域の地名だった。何事と思ってテレビに注意を向けると、ある住宅で塩素ガスが発生し、その家の人が二人、意識不明の重体だっていうニュースだった。


「こんな、年の瀬も押し迫った時に…。大変ですね…」


絵里奈が呟くようにそう言った。僕も「そうだね…」と応えるのがやっとだった。


どうやら、間違って洗剤を混ぜてしまったことによる事故らしかった。それでまず奥さんが倒れ、それを助けようとした旦那さんも意識を失ったらしかった。でも、近所の人がその臭いに気付いて救急通報したおかげで救助されたらしい。その通報した人がたまたま、それが洗剤を混ぜた時に発生する塩素ガスの臭いだと知っててすぐに対処できたってことだった。その臭いに気付いた人も少しガスを吸ってしまって軽傷だって言っていた。


「怖いね。本当に気を付けなくちゃ」


玲那がそう呟いて、沙奈子は不安そうに絵里奈に抱きついてた。そこで僕は、ユニットバスに置いてる塩素系洗剤を持ってきて、沙奈子の前に膝をついて彼女に見せた。


「沙奈子、ここに、『混ぜるな危険』って書いてあるだろ?。今のニュースは、これを他の洗剤と間違って混ぜてしまったから起こった事故なんだ。これは、本当に危険で、命にも係わることだ。だから絶対に、勝手に触らないでほしい。分かるね?」


沙奈子は泣きそうな顔で何度も頷いてくれた。


こういう時、逆に変に興味をもってしまったりする子もいるかもしれない。でもこの子の場合は、僕が『駄目だ』と言ったらその通りにしてくれるから、きちんとこれが危険なものだっていうことを知ってもらった方がいいと僕は思った。その上で、


「もしこれを他の洗剤とかと混ぜてしまったりしたら、僕たちはもう二度と会えなくなるかもしれない。それは嫌だもんな」


って念を押させてもらった。彼女は目に涙をいっぱい溜めて「うん、いやだ」って大きく頷いた。


この子にとって家族を失うことが、家族と二度と会えなくなるということがどれほど辛いことなのか、すごく伝わってくる気がした。その気持ちがあれば、興味本位で悪戯したりはしないだろう。この子は、自分にとっての大切な人を失うことが何よりも嫌だし怖いんだ。


「ごめん、怖かったね…」


僕は洗剤を床に置いて、沙奈子が抱き付いた絵里奈ごと彼女を抱き締めた。抱き締めて、怖い思いをさせたことを謝った。怖がらせたくなんかなかったけど、重要なことだから分かっておいてもらいたかった。


年の瀬も押し迫った日に舞い込んできたそのニュースは、普段の生活の中にも大きな危険が隠れてるってことを改めて僕たちに教えてくれるものになったのだった。




ニュースのことも一息ついて気持ちを切り替えて夕食を済ませた沙奈子は、絵里奈と一緒にお風呂に入ってた。玲那も気を取り直して楽しかったオフ会の余韻に改めて浸り直しながら僕の膝で寛いでた。


「おとーさん」


不意にそう声を掛けてきたから、「なんだい?」って応えたら、「なんでもな~い」っておどけてみせた。このやり取りも、玲那にとっては大切なものなんだろうなって思った。こうして他愛ないやり取りができるっていうことが大事なんだろうな。


本当は、もっと幼い頃にこういうのをちゃんとやっておきたかったんだと思う。それを今、取り返そうとしてるんだ。


ふと、机の方に視線を向けると、兵長の姿が目に入った。その視線は外敵の侵入を警戒するかのように玄関のドアに向けられていたけど、でも同時に僕と玲那の姿に少し呆れてるようにも見えた気がした。


彼は強くて、自分を曲げなくて、大切なものを守るためには自分の全てを賭ける人なんだろうな。そんな彼にも安らげる時はあるんだろうか。それが何となく気になった。そういうのがあればいいのになって素直に思えた。


僕には、沙奈子がいて、絵里奈がいて、玲那がいる。三人が僕を安らかな気持ちにしてくれる。それを噛み締めるように、僕は玲那を抱き締めていた。玲那も、僕に体を預けてくれた。この優しい娘を守ってあげたいと心の底から思った。そうすると、僕にもほんの少しだけど力が湧いてくる気がした。三人を守るための力だと思えた。


そうしてるうちに沙奈子と絵里奈がお風呂から上がって、玲那が入れ替わりにお風呂に入った。もちろん僕の膝には沙奈子が座った。やっぱり莉奈の服作りを始めて、絵里奈がそれに指示を出したりアドバイスを与えたりしてた。


僕も、この温かいひと時にホッとしながら浸る。ああ、本当にこれが幸せってものなんだなあ…。




土曜日、31日、大晦日。


いよいよ今年も今日で最後か。


でも僕たちはただいつも通りに過ごした。朝食を済まして掃除と洗濯をして、沙奈子の午前の勉強をして。


絵里奈は本当はおせちを作りたかったらしいけど、うちのコンロは一口のだし、カセットコンロもあると言ってもさすがに無理があった。もっとも、僕は正直言ってあまりおせちは好きじゃなかったから気にならない。食べられないことはないんだけどわざわざ食べたいとは思わないし。玲那もそうみたいだった。沙奈子は、そもそもおせちって何?状態だし。


年末年始はお店が休みだったりした昔は、お店が営業を始めるまでの間の保存食としての意味もあったおせちも、元日から開いてる店も当たり前にある今となっては、ただ雰囲気を味わうだけのものになってるんだろうな。だけど絵里奈は、その雰囲気を味わってほしいっていう気持ちはあったようだ。だからいつものスーパーにおせちを注文してたらしかった。


というわけで、沙奈子の勉強が終わってみんなでスーパーまでおせちを取りに行くついでに買い物に行く。お昼も喫茶店で、沙奈子、絵里奈、玲那はオムライス。僕はサンドイッチにした。今年最後のオムライスってことかな。


美味しそうにパクつく沙奈子を見て、僕はこの子が初めてここでオムライスを食べた時のことを思い出していた。メニューでオムライスを見付けて目を止めて、それに気付いた僕が注文して、自分の前に運ばれてきたそれを見た時の目を。


今よりずっと表情が硬くて、だけど確かに嬉しそうに見えたあの時の目…。それが今は、本当に嬉しそうに美味しそうにキラキラした目になってる。


そういうことが時間の経過を感じさせてくれるのを、僕はしみじみ実感していたのだった。


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