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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二十二 沙奈子編 「端緒」

沙奈子が僕のところに来てからまだ二ヶ月半くらいなのに、まさかこんなに打ち解けられるなんて、冷静に思い返してみても本当に不思議だった。と言っても、よく分からなくても上手くいってるならそれはそれでいいんだと思う。だけど、僕と沙奈子だけが上手くいってても、それだけじゃやっていけないっていうのも世の中ってもんなんだってつくづく思う。




金曜日。今日はまた歯医者の予約を入れてるから、定時で会社を出て、僕はや沙奈子の待つ家に帰った。


「ただいま」


といつもの様に声を掛けて、


「おかえりなさい」


と沙奈子がいつもの様に答えてくれた。でも、僕はその時、なぜか違和感を感じたのだった。沙奈子の声のトーンが昨日までと違ってる気がしたから。何て言うか、いつもより声に張りが無いって言うか…?。


元々彼女はそんなに大きな声を出す子じゃないから前からそんなものだったと言われたらそうかもと思わなくもないけど、それにしたって何かが違う気がする。だから、


「どうした?。ちょっとしんどい?」


って思わず訊いた。そうしたら沙奈子は首を横に振って、


「大丈夫」


って答えた。まあ本人がそう言うんだったら大丈夫なんだとは思うけど、それでも何か引っかかる感じがした。引っかかる感じはしたけど今は歯医者に行かなくちゃいけないから、そのことはまた後にしよう。


沙奈子を連れて歯医者に行って今日の分の治療をしてもらって、帰りにまたラーメン屋に行った頃には、彼女の様子もいつも通りみたいで別に問題なさそうだったし、ひょっとしたら気のせいだったのかなと思うようになってた。その後には大型スーパーで日用品とか食材とかを買い込んで部屋に戻り、一緒にお風呂に入って、宿題のお直しをして、二人でテレビを視て寛いだ。それがもう、すっかり当たり前のことになってた。


なのに翌日の土曜日、僕は異変に気が付いたのだった。


実は今、洗濯は沙奈子の役目になっていた。全自動洗濯機だから、彼女は僕に言われたとおりの手順で洗濯をしてくれてた。さすがに、汚れが目立つものがある時には標準コースじゃなくてしっかりコースにするとかいう気の利かし方はまだできないけど、それはいずれ気が付くようになってくれたらいいと思ってたから特に問題じゃなかった。


異変というのは、僕が洗濯物を取り込んでる時に気が付いたことだった。本来なら他の洗濯物と一緒に干されているはずの沙奈子のパンツが見当たらないっていうものだった。おかしいなと思いつつ、もしかしたら洗濯機に残ってるのかと思って覗いてみたけど無かった。そこで僕は、彼女に訊いてみた。


「沙奈子、パンツ知らない?。沙奈子のパンツなんだけど」


でも彼女は、意味が理解できないっていう感じで首を横に振った。子供だから何かお漏らしでもしてそれをごまかそうとして捨ててしまうなんてこともあるかなと思ったけど、その時の彼女の表情を見たらそういうのでもない気がした。もしかしたら落ちたのかと思ってベランダや外を探してみたけど、見当たらなかった。


…僕の思い違いかな…?。


そんな風にも考えたけど、いや、だったら彼女が昨日、服と一緒に洗濯機に放り込んでいたパンツはどこに行ってしまったんだ?。すごく腑に落ちない気分になったその時、僕はあることを思い出した。そう言えば、最近、この近所で下着泥棒が出るっていうのを、ローカルニュースでやっていた。しかもそれは、子供用の下着を中心に狙ってるらしいっていう、気持ちの悪いものだった。


そう言えばうちのアパートの裏はレンタル物置で、日中でも割と死角になる感じだった。家の窓とかが無くて他人と顔を合わせることが無いからっていうのが気に入ってここを選んだけど、防犯上で見たら実は問題があるのかも知れないと思った。これはもう、裏に沙奈子のものは干さない方がいいかも知れないなって思った。


そこで僕は日が暮れてから、沙奈子と一緒にまた大型スーパーに来ていた。彼女の洗濯ものを部屋の中に干すために、手頃な感じの組み立て式ハンガーラックを買って、部屋へと戻った。


その時、僕の隣の部屋から、人が出てきた。名前は知らないけど、何度か顔は合わせたことがある。大学生かそのくらいの若い男の人だった。すれ違う時、僕は軽く会釈をした。でも向こうはそれに気付かなかったって感じで反応が無かった。けど、それはいつものことだった。


このアパートの住人は、みんなそんな感じだった。お互いにまともに顔も見ようとしないで、相手に気付かないふりして、だからほとんど顔も名前も知らなくて。そしてほんの数か月前までは僕もその一人だった。沙奈子が来るまでは。


沙奈子が大人しい子だからそんなに騒がしくはしてないつもりだけど、この前、風呂場で水遊びをしてはしゃいだ時なんかは、ひょっとしたら音とか声とか響いてて迷惑を掛けてしまったかもしれない。それをお詫びする意味も兼ねて会釈したんだけど、伝わっただろうか?。


しかしそれを確かめる術もなくて、僕と沙奈子は部屋に入り、彼女にも手伝ってもらってハンガーラックを組み立て始めた。みるみる組み上がっていくそれを見る彼女の表情が、どことなく驚きと言うか尊敬のまなざしみたいな感じに見えた気がする。何となく照れくさいものを感じながら僕は、組み上がったそれを掴んで、沙奈子に使い方を説明した。


「明日から、洗濯物はここに干してくれるかな。布団のシーツとか大きいのは今までと同じで僕がベランダに干すけど、服とかはここにお願い」


彼女は頷いて、「はい」と言った。


それから夕食はスーパーでついでに買ってきたお惣菜のハンバーグを食べて、また一緒に風呂に入って、宿題のお直しは今日の午前中に終わらせてたから、国語のドリルをやった。覚えられてない漢字を要らないプリントの裏で練習した後で、沙奈子を膝に座らせて二人で寛いだ。


さらに翌日の日曜日、沙奈子の読書感想文のために本を借りようと思って二人で図書館に行った。学校からのプリントに書かれてた推薦図書っていうのの中から選んで、部屋に帰った。お昼は冷凍チャーハンを温めて食べて、午後からはのんびりと読書タイムになった。


窓際に置かれたハンガーラックには、朝一で洗濯した服が干されていた。クーラーで除湿するし、扇風機の風が当たるようにしておけば乾くよな。


沙奈子が本を読んでる隣で僕は、ここしばらくずっと書いてるブログの更新をしていた。沙奈子との生活を、もちろん名前とかは伏せてだけど書いて、ほぼ毎日それをアップしていた。冷やかしとかされたら嫌だし、それに日記のつもりで書いてたからコメント欄とかは閉じてるけど。


僕自身は、他人のブログとかツイッターとか見ない。たいてい気分が悪くなるだけだから。自分が構われたくなかったら、他人のことも構わないようにしなきゃと僕は思ってる。基本的にはニュースとかしか見ない。あとは調べ物をする時に使うくらいだ。沙奈子が来てからアニメの動画とかも結構見るようになったけど、掲示板とかは使わない。他人が何を考えてるのかなんて、別に知りたくもなかったし。


こうして日曜日も、平々凡々としてゆったりと過ぎていくのであった。


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