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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百十九 玲那編 「仲良し」

星谷さんの目的は、大希くんといつか本当に家族になること。それに向かって必要なことがはっきりと見えてるんじゃないかな。千早ちゃんを守ることも、沙奈子のことを守ろうとしてくれるのも、星谷さんにとっては全てそのために必要なことなんだって思える。


彼女のやり方は、正直言って僕には参考にならないと思う。何しろ人間としての基本スペックが違い過ぎると思うから。もともと持ってるものが違い過ぎると思うから。だから彼女の真似をしようとは思わない。僕はこれまで通り僕にできることをするだけだ。


家に戻って、絵里奈は沙奈子と一緒に夕食の用意を始めた。もう当たり前になった光景だった。


今も、冷凍のお惣菜は届けてもらってる。玲那と沙奈子の二人で留守番することになる日のためと、何かの事情で絵里奈が夕食の用意をできなかった場合のためだ。だけどそれも、そう遠くないうちに終われそうな気もしてる。何しろ沙奈子自身がかなり料理ができるようになってきてるらしいから。とにかく、絵里奈と一緒に出来るのが楽しくて嬉しいらしい。本来、不器用な子じゃないということもあってか、今では僕よりもよっぽど手際よく作ることができるみたいだ。しかもレパートリーも多い。


ただ、絵里奈自身があまり揚げ物は好きではないということと、備え付けのコンロが一つしかないということもあって、揚げ物を食べたいときはお惣菜を買ってくる感じになってたらしい。玲那は逆に揚げ物が好きなので、仕事帰りに自分で食べたいものを買ってくるというのが多かったようだ。


ところで、玲那と言えば、母子手帳を取りに実家に帰るようなことを言っていたけれど、その気配は一向になかった。たぶん、決心がつかないんだと思う。でも僕は、それでいいと思ってた。僕と玲那はもう親子なんだから、これ以上は無理をする必要はないと感じてた。だから決心がつかないのなら、このままずっと決心できなくていいと思ってる。玲那がそういうところで無謀な子じゃなくて本当に良かった。正直、玲那が実家に帰るっていうことに、僕はどうしても不安を感じてしまってたし。


そんなことを考えつつ、沙奈子と絵里奈が夕食の用意をしている間に洗濯してた僕は、洗濯物をベランダに干し終えて部屋に戻った。そこに、二人の手作りハンバーグが焼き上がってきた。


「沙奈子ちゃんがほとんど一人で作ったんですよ」


絵里奈のその言葉に、「へえ、すごいな!」と素直に言葉が出た。沙奈子は「えへへ」って感じで自慢そうに笑ってた。それがあんまり可愛くて、「ぎゅー、いる?」って聞いたら、「うん!」って飛び込むみたいにして抱き付いてきた。


沙奈子…。僕の大事な娘。僕たちの大事な娘。この子の幸せが僕たちの幸せなんだって、建前とか綺麗事じゃなくそう思う。逆に、この子がもし不幸だったら、それは僕たちにとっても不幸なことだ。


本当にそれを強く感じる。だから僕は抱き締めた。この子を僕の全てで包み込むみたいにして。


「沙奈子、愛してる…」


そんな言葉が当たり前のように出てくる。抱き締めながら、また少し大きくなったんじゃないかなと僕は感じてたのだった。




夕食の後、絵里奈も月経が収まりつつあったということでまた沙奈子と一緒にお風呂に入ってた。もしお湯が汚れても、僕はそれを気にしようとは思わない。人間ならあって当然のことに目くじらを立てようとは思わない。


二人がお風呂から上がって入れ替わりに僕が入る。のんびりとお湯につかって疲れをお湯に流そうと思った。いい気持ちだった。沙奈子と一緒に入れないのはまだ少し寂しいけど、それにも少しずつ慣れてきた。


お風呂から上がって服を着て座椅子に座ったら、今度は沙奈子と絵里奈から『おつかれさまのキス』をもらった。もちろん僕も、お返しのキスをした。するとその時、絵里奈の額にキスをした僕を見て、沙奈子が言った。


「お口にちゅーしないでいいの?」


「…え…!?」


これには僕も絵里奈も焦った。こういう時、『そういうこと言うんじゃない』みたいに怒る人もいるかもしれない。でも僕は思った。この子にとっても、僕と絵里奈が唇にキスをするのが当然のことだと感じてくれてるんだろうな。そしてそれは、この子にとってもそうであって欲しいことなんだろうなってことを。だから僕は、あえて沙奈子の言葉に従った。絵里奈の肩を抱き寄せて、あくまで軽くだけど唇にキスをした。


「……!」


絵里奈は声にならない感じで僕を見詰めながら、スイッチを入れたみたいに耳まで真っ赤にしてた。


「わあ…」


沙奈子は小さくそう声を上げてた。その顔がすごく嬉しそうだった。僕たちを祝福してくれてるんだって感じた。この子にとっては、自分のお父さんとお母さんがこんなに仲がいいってことが嬉しくてたまらないんだろうなって気がした。それを裏付けるように、彼女は言った。


「お父さん、お母さん、仲良しだね」


他の人から見ればなんてことのない他愛ない子供の一言かもしれない。だけど、この子がこれまでどういう境遇にいたかを知ってる僕たちにとっては、とても重くて、とても大切な一言に思えた。この子の実の両親は、たぶんこういう感じじゃなかったんだろうから…。そしてこの子は、こういう両親の姿を望んでたんだろうから……。


どうしてこの子はこんなに優しいんだろう。ずっと辛かったはずなのに、苦しかったはずなのに、こんなにも穏やかで柔らかい。


でも、そんな沙奈子にも、児童相談所でパニックを起こして自分の腕をボールペンで手加減なく何度も突くほどの激しい一面があるんだ。この子のそういう部分も僕は受けとめて、そしてそれがこの子や他の人を傷付けることがないようにしていってあげないといけないと改めて思えた。


その時、僕はふと思い出していた。絵里奈と玲那の友達だったっていうリストカッターの香保理かほりさんのことを…。


彼女は、リストカットすることで、自分の命や自分が生きたいと思っていることを確認してたという。そんなことをせずにいられなくなる前にそれを受けとめてもらえてれば、もしかしたらあんな事故はなかったのかもしれない。それを確かめる方法はもうないけど、少なくとも沙奈子が香保理さんと同じようにならなければ、ある程度はそうだったんじゃないかなって思える気もする。


けれど、そんな香保理さんが、絵里奈と玲那を守ってくれてたのも事実だと思う。彼女が二人を受けとめてくれてたから、僕と沙奈子は二人と出会えた。香保理さんがいなかったら、僕たちは出会っていなかったかもしれない。いや、きっと出会っていなかっただろう。


そう考えれば、彼女は沙奈子にとっても恩人だと言えるんじゃないかな。彼女が沙奈子を救ってくれたとも言える気がする。人はこうやって繋がっていくんだなっていうのをすごく感じたのだった。


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