二千百八十三 SANA編 「親愛の情だから」
六月十九日。日曜日。晴れ。
今日は千早ちゃんの誕生日。
自分の誕生日のために千早ちゃんは自分でケーキを焼いてた。しかも、新しく人生部に入った篠原優佳さんのためにも、
「入部祝いだ!」
と言いながら焼いてたり。先日の水曜日にも、
「ケーキでお茶会にするぞ!」
って言って、そのために前日にはやっぱりケーキを焼いてた。それに篠原さんも、
「美味しい……!。千早ちゃん、ケーキ焼くの上手なんだね」
感心してたな。対して千早ちゃんは、
「そりゃあ私は、ケーキ屋になるのが夢だからね。今からケーキを作る技術だけじゃなくて、実際にケーキ屋を経営していくための諸々をシミュレーションしてるんだ。人生部はそのための部活なんだよ。沙奈は人形のドレスのデザイナー。結人は人形の家具の職人。ヒロは私のケーキ屋の従業員。一真はまだ決めてないそうだけど、まあ、ヒロと一緒に私のケーキ屋でこき使ってやろうと思ってる」
胸を張ってそう告げた。でもそんな彼女に、
「おい!」
と、結人くん、大希くん、一真くんが同時にツッコミを。
「俺は別に職人になるとか言ってねーし!」
「僕もまだ決めてない!」
「俺もだ」
って感じで抗議してたな。だけどその様子も、なんだか微笑ましくて。そんな千早ちゃんたちも、沙奈子のことは『沙奈』、大希くんのことは『ヒロ』と呼んでたりはする。でも、沙奈子も大希くんも別に嫌がってるわけじゃないし、それと同時に、沙奈子も大希くんも結人くんも一真くんも、別にあだ名で呼び合ってるわけでもない。普通に下の名前で呼んでるだけだ。
なのに、家族同然に親しいよ?。
『あだ名で呼び合わなきゃ親しくなれない』
ってわけでもないはずだけどな。むしろそんな思い込みで、あだ名で呼び合ってない人たちをバカにしてたりするんなら、『他者の気持ち』なんてまるで分かってないよね。大事なのは『あだ名で呼び合えるかどうか』じゃないと思う。相手のことを敬ってるか、慮ってるか、労わることができるか、じゃないのかな。
千早ちゃんたちを見ているからこそそう思うんだ。すごく親しげにしてるけど、それは無遠慮でも無思慮でもなくて、あくまでもお互いを認め合ってる関係だっていうのが分かるんだ。
とにかく、自分が気に入らないからって誰かを口汚く罵ったりする人は他者の気持ちなんて分かってないし分かろうともしていない。本当はあだ名なんかで呼ばれたくない人に対しても、
『親愛の情だから』
みたいな理屈で受け入れることを押し付けてくる気しかしないんだ。
僕は沙奈子たちにそうなってほしいとは思わない。




