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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百十六 玲那編 「両親が教えてくれなかったこと」

火曜日。今日も沙奈子を山仁さんの家まで送っていってから、会社へと向かった。


沙奈子の昼食としてお弁当を持って行ってもらってた。温める必要のないサンドイッチだった。今日もそれを持たせてる。でも、お昼は、星谷ひかりたにさんがデリバリーを頼んでたらしい。山仁さんの手を煩わせないようにっていう配慮らしかった。


だけど、千早ちゃんの保護者からはまったく何もしてもらってないはずだ。先日の日曜日、サンドイッチを作りに来た時に聞いた。千早ちゃんの家庭のことを。


千早ちゃんが思ったほどは大希ひろきくんにご執心って印象がないのが何故なのか気になって、それとなく千早ちゃんの話を振った時に、星谷さんが話してくれたんだ。


千早ちゃんの家は母子家庭らしい。だけどお母さんは子供たちに対しては、よく言えば放任主義。悪く言えばほぼ育児放棄に近い状態だってことだった。それでも上の二人はもう中学生で家のこともある程度はできるからまだしも、千早ちゃんをそういう状態にはしておけないということで星谷さんは保護者役を買って出てるらしかった。


そのことについて、千早ちゃんのお母さんとは話をするどころか一度も会ったことさえないって言ってた。


信じられない…。いや、千早ちゃんのことを放っているお母さんのことも信じられないけど、それ以上に星谷さんの方が信じられなかった。どうしてそこまでするんだろう。どうしてそこまでできるんだろう。


僕が沙奈子のことを引き取ったのは、あくまでその時点では僕が保護責任者だったからだ。決して優しさとか思いやりからじゃない。だから、もし沙奈子が僕の姪っ子じゃなかったら、僕に責任がなかったら、たぶん、そ知らぬふりをしていたと思う。僕はその程度の人間だ。


なのに星谷さんは、まったく自分に責任もないし義務もないはずなのに、千早ちゃんのためにそこまでする。それが信じられないんだ。本当に、僕とは別次元の存在っていう気さえする。いったい、何が星谷さんにそこまでさせるんだろう。


そんな僕の疑問に対して彼女は、


「私自身のためです」


ときっぱりと言い切った。


「私がそうしたいと思ったからするんです。それ以外の理由はありません」


毅然としたその態度に、僕も絵里奈も圧倒されていた。格の違いっていうものを実感させられてただけだった。そこまで明確に言えるなんて…。やっぱり彼女みたいな人が大きなことを成し遂げるんだろうなって思わされた。しかも、


「私には力があります。私は、自分がしたいと思ったことを成すためにその力を使うことを躊躇はしません。力は使ってこそ力です」


とまで言っていた。その上で、大希くんや千早ちゃんの大事な友達だからこそ沙奈子のことも守りたいと、それが自分の決意ですとまで言ってくれた。


すごすぎて、本当にわけが分からないよ。こんなすごい人をメロメロにしてしまう大希くんも相当すごい気がしてしまう。


ただ、沙奈子はそんな大希くんのことをただの友達だと思ってるみたいだし、千早ちゃんも、本当は実のお姉さんたちが意地悪だから自分の思い通りになる妹か弟が欲しくて、それにぴったりと合うのが大希くんだったことがきっかけで好きになったらしいということだった。だから厳密に言うと恋愛として好きというのとは違ってたのかもしれない。そこに星谷さんが現れたことで、本心では自分に優しくしてくれるお姉さんが欲しかったっていうことに気付いてしまって、大希くんへの気持ちはかなり落ち着いたということみたいだった。


それが、大希くんと千早ちゃんとの間に起こった事件の後の顛末だったらしい。つまり沙奈子と千早ちゃんが仲良くなれたのも、実は星谷さんのおかげという一面もあったんだってことも分かった。僕たちの知らないところで、彼女に助けられてたんだなって思った。


つくづく、僕一人の力で沙奈子を守ってたわけじゃないんだってことも感じてしまった。子供を守るっていうのはこういうことなんだなって改めて感じた気もする。


こういう人を味方に付けられる沙奈子もすごいな。でもそれは、沙奈子が大希くんや千早ちゃんのことを大事にできる子だったからっていうのも感じる。大希くんや千早ちゃんを大切にできるから友達になれて、そういう友達だから星谷さんも守ってあげたいっていう気になってくれるんだ。


もし沙奈子が身勝手でわがままで他人を傷付けるのが平気な子だったら、こうはなってなかったかも知れない。千早ちゃんだって、気持ちに余裕がなくて沙奈子に辛く当たったりしたことがあったとしても、その一方では今みたいに沙奈子のことを大事に想ってくれる優しい一面も持ってる子だったから星谷さんに守られるんだっていうのもあるんじゃないかな。


だけどそれと同時に、星谷さんが千早ちゃんのことを守ってくれてるから、千早ちゃんの心を守ってくれてるから、それが気持ちの余裕を生んで千早ちゃんの行動にも表れてるんだっていうのもある気もする。


そう、お互いに影響し合ってるんだ。それが良い方向に行けばこうやって強い力になる。子供を守る力にもなる。どちらかがどちらかを一方的に守るんじゃなくて、お互いにそういう気持ちになるように持っていってるんだな。それが大事なんだなって実感させられた。


人と人との付き合いってこういうことなんだなっていうのも思い知らされた。すごいなあ、本当に。僕と、絵里奈や玲那との関係もそういうことなんだろうなあ。


僕の両親は一切そういうことを教えてくれなかった。だから僕はすごく遠回りをすることになってしまった。それを恨んでも仕方ないけど、まったく手間を掛けさせてくれたもんだよとは思ってしまった。そしてそういうことを知るきっかけになった沙奈子のことを、また大切に思えてきたのだった。


いやもうほんと、沙奈子がいなかったら僕はこういうことを知ることも気付くこともなかったんだよな。それを思うととにかくすごい。


意識の隅でそんなことも考えながら、僕は仕事をこなした。昼休みに絵里奈や玲那と顔を合わしてリフレッシュして、午後の仕事も残業もこなした。これも僕の役目なんだから、しっかり果たさなきゃ。


家に帰ると今日も沙奈子と玲那に「おかえりなさい」と迎えてもらった。それが疲れを癒してくれる。見れば沙奈子はさっそく次のドレスの制作に取り掛かってるようだった。一見すると大人しそうな子なのに、旺盛な意欲だな。内に秘めてるものの大きさを感じる。それが悪い方向に働くと、自分の腕をボールペンで突き刺すような形になってしまうんだろうな。この子が秘めてるものをいい形で外に出してあげるのも、僕たちの役目なんだっていうのを改めて感じる。


そんなことを感じつつ、僕はお風呂に入ったのだった。


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