二千百五十八 SANA編 「傍にいられるのは」
五月二十五日。水曜日。晴れ。午後から夕立。
どうして『SANA』のドレスが好きな人同士でそんな風になってしまうんだろう……。
沙奈子が、デザイナーの『SANA』がそれをどう感じるか、なぜ考えることができないんだろう……。
これ自体は、本社機能を移転させただけでは解決できないことだというのは僕にも分かる。そして結局は、それぞれの人が自分で気付くしかないということだというのも。
沙奈子が、玲那が、千早ちゃんが、大希くんが、結人くんが、イチコさんが、波多野さんが、田上さんが、どうしてそんなことをせずにいられてるのかを考えれば、『どうして』『なぜ』ということ自体は分かってしまう。だって、みんな、
『それをする必要がない』
から。自分の思い通りにならないからって誰かを攻撃する必要が、沙奈子たちにはないんだ。その上で、何かに憤った時には、すぐ身近な誰かがちゃんと受け止めてくれて、他の誰かに向けなくても済むようにしてくれるから。
ただただ『我慢する』だけじゃつらいばっかりなのは分かってる。我慢するだけじゃなくて何らかの形で発散しないと解決はしない。解消できない。
他の誰かに一方的に我慢を強いる人はそのことを分かってないって感じる。沙奈子は、僕のところに来るまで、我慢してた。痛いのを我慢して、苦しいのを我慢して、つらいのを我慢して、悲しいのを我慢して、結果、心が壊れた。心を壊して圧し潰してなかったことにする形でしか耐えられなかった。でもそれは実際にはなんの解決にもなってなくて、児童相談所での一件で爆発してしまって、今なお完全には消えない傷として彼女の手首に残ってしまった。
結局はそういうことなんだと実感する。自分の気に入らないことがあったからってネット上で誰かを攻撃せずにいられない人は、そういう感情について一緒に向き合ってくれる人が傍にいないんだろうな。
僕はその人たちの傍にはいられない。僕にはそれをしなきゃいけない理由もないし責任もない。僕が傍にいられるのは沙奈子や玲那や絵里奈や玲緒奈だけだよ。その上で、余裕があれば千早ちゃんや大希くんや結人くんやイチコさんや波多野さんや田上さんの傍にいられるっていうだけ。そこに一真くんと琴美ちゃんも加わることになるのかな。鷲崎さんもそうだけど、彼女には今はもう喜緑さんがいるからね。僕がでしゃばる必要はないと思う。
特に、沙奈子と玲那と玲緒奈に対しては、僕は『親』だから。他所様に当たり散らすようなことをしなくて済むようにしてあげたいと思わずにいられない。
自分の子供が他所様に当たり散らしてるのを放置してるような親ではいたくないんだ。




