二千百五十五 SANA編 「移転が本決まりに」
五月二十二日。日曜日。晴れ。
こうして『SANA』の本社機能の移転が本決まりになり早速準備も始めて、しかも星谷さんの方は、新しい本社での商品管理や発送のためのシステム作りに取り掛かったそうだ。今の『SANA』の規模だとそこまで大掛かりなものじゃなくて済むから一週間でだいたい形になるそうだけど、本当にすごいなあ。
これについて星谷さんは、
「迅速かつ確実に動くことが最もコストを下げます。緩慢な作業で時間を費やすことが最大の無駄ですから」
だって。言いたいことは分からないでもないけど、僕にはとても真似できない。あれこれ考えてるうちに一ヶ月くらい経ってしまいそうだ。それを躊躇なく実行できるのがすごいと思うよ。到底、努力で超えられるような壁じゃない気がする。
何しろ彼女は、大企業の役員のお父さんと全国にチェーン展開しているエステサロンのオーナーであるお母さんの間に生まれて、それこそ赤ん坊の頃から途方もない人脈を築いてきたという基礎がとても大きいというのがあるのも事実だから。
それでいて星谷さんはそのことを鼻にかけるでもなく、同時に、自身の境遇が恵まれているからこそ今の自分があるということについてもしっかりと理解している。
しかも、ただ『経済的に裕福』というだけなら、千早ちゃんの新しい友達も同じはずなのに、そして、両親が忙しくて家にあまりいないという点でも似ているのに、印象は百八十度違う。『恵まれた環境』と『当人の才覚』が合わさると、ここまで違ってしまうってことなのか。
そして『恵まれた環境』の中には、両親の振る舞いも含まれてるんだろうな。星谷さんのご両親は、彼女に何かを強要することはほとんどなかったそうだ。忙しい自分達の代わりに優秀なシッターを手配して、勉強も自然と興味が向くようにしてくれたそうだし。
対して千早ちゃんの新しい友達は、興味もない習い事を『やらされてる』とのこと。対人関係の築き方も教わっていないらしくて、小学校中学校と学校で孤立して、一念発起して高校でそんな自分を変えようとして、でも上手くいかなくて。ここまで大きな違いが出てしまうものなんだな。
ただそれも、むしろ星谷さんが例外なんだろうけど。
「ぶっは!。ぶっは!」
今日もやっぱり謎の掛け声を口にしながら、玲緒奈は今、ウォール・リビング内をゴロゴロと転がって移動してる。そうやって自分で遊び方を編み出して自身の命を満喫してる彼女もすごいとは思いつつ、それでも星谷さんの境地には届かないんだろうなとは、思ってしまうかな。




