二百十五 玲那編 「選択と覚悟」
沙奈子のことは少し心配だけど、山仁さんにお任せするって決めたんだから、覚悟しなくちゃいけないと思った。もし、何か事故とかがあった時は、預けた僕の責任だ。それでいい。
僕と絵里奈はバス停に、玲那は3代目黒龍号を取りにアパートへ戻る途中、不意に玲那が言い出した。
「お父さんって、優柔不断そうに見えるけど、実は決める時は即断即決だよね。あんまり悩まないんだ」
それに絵里奈が同調する。
「確かに。おたおたしてるように見えてても、『こうだ』ってなったら意外に迷わないですね」
でもそんな風に言われても、僕自身はあまりピンとこなかった。ただ…、
「う~ん…、そう言われても自分ではいつもあわあわしてる感じなんだけどな。ああでも、確かにうじうじと悩むのは好きじゃない気はする。どっちつかずで悩むよりはさっさと決めて、結果をとにかく受け入れたいっていうのはあるかも」
と応えてた。すると二人はうんうんと頷いて、
「だから私たちはこうして一緒にいられるんだね」
って玲那が言った。しかも、
「そういうところも兵長に似てるんじゃないかな。悩むより決断、そして自分が決めたことの結果は受けとめる。そういう感じ」
とか、ファンの人が聞いたらまた怒られそうだなあと思いつつ、絵里奈や玲那がそう思ってくれてるのなら、それは嬉しいと感じた。少なくとも決められなくてうじうじしてる男って思われるよりはずっといいかも知れない。
思えば僕は、それまでに考えてたことと違っても、その時の状況で一番と思える選択を、それほど悩まずにしてきた気がする。沙奈子を引き取ったのだって、困った困ったと言いながら、塚崎さんの助けもあったとはいえ引き取ると決めたらその手続きをすぐにした。絵里奈や玲那のことだって、家族になると決めたら早かった。結婚も、それまではそのつもりはないと思ってたのに、絵里奈に迫られたからとはいえ結婚した方がいいと判断したら即受け入れた。
他人から見たら言ってることとやってることが違うと思われるかも知れない。だけど僕は、その時その時で判断し決めてきた、たとえそれがついさっきまで自分が思ってたことと違っても、結果的にいい方向に動くなら、経緯には拘らない。
そうだ。僕は、どっちつかずの状態が嫌いなのかもしれない。どっちでもない状態で精神的に不安定になるくらいなら、どちらかを選択して早く結果を出したいんだ。もしその結果が自分の望んだものでなくても、不安定な状態で悩み続けるよりは結果が出てから後悔する方がマシってことか。
そんな風に考えてみると、自分のことがこれまでとは違った風に見えるから面白い。僕はこんな人間だったんだな。
その選択が常にいい方に転がるとは限らないけれど、結果については受けとめるようにしよう。何しろその選択をしたのは他の誰でもなく、他の誰かに任せたのでもなく、他の誰かに強いられたわけでもない、僕自身の選択なのだから。
沙奈子を引き取ったこと、絵里奈と結婚したこと、玲那を養子に迎えたこと、それらすべての選択を、その選択が招く結果を、僕は受けとめていこう。結果そのものだって、決して一方向から見るべきものじゃない。望まない結果だって、もしかしたら次の何かを生み出すこともあるんじゃないかな。そうだ。物事っていうのは常にいろんな面を持つもののはずだ。僕たちが家族になったことも、世間から見れば奇異に映ることもあるかもしれない。でも僕たちにとっては必要なことだった。特に、沙奈子にとっては、失われた『家族』を取り戻す結果になったのは間違いない。
その選択が良い方向に働いてることは、沙奈子の様子を見てれば明らかだ。あの人形みたいだった子が今ではすごく活き活きしてる。これは紛れもない事実なんだから。
でもその一方で、家族になったことでリスクを背負うことになったのも事実かも知れない。もし何かあって家族を再び失うようなことがあればその苦しさや悲しさは、ただの他人だった時に比べればずっと大きなものになるのも間違いない気がする。失うことを怖いと思ってしまう。だけどその失う怖さというものはどんな時だってつきまとうんじゃないかな。だったら、手に入れてしまったものを失うことを恐れて不安になり過ぎないようにしよう。
とは言っても、そういうのは無意識とかのレベルのことだから意識的に気を付けるのは難しいかも知れないけどさ。僕が時々見る縁起でもない夢や、意味不明な空想の夢とかみたいな形で現れたりしたのも、きっと無意識のうちに感じてる不安が形になったものなんだろう。けれどそういうのも含めての選択ってことだから。
僕は決して全知でもなければ全能でもない、ただのちっぽけで非力な人間だ。いつだって正しい選択が出来るわけじゃない。そして、何が正しくて何が間違ってるのかっていうこと自体、どこを基準にして見るかで大きく変わってしまうものだ。この世には絶対に正しいことも、絶対に間違ってることも存在しないと思う。誰かにとって辛く悲しく苦しい出来事も、それによって別の可能性が生じる結果を生むことだってあると思う。
だから僕は、どんな結果でも受けとめなくちゃいけないと思った。受けとめきれずに泣き喚いて錯乱することだってあるかもしれない。だけど最終的にはその事実を受けとめたい。それが次に繋がると考えて。
そんなことを思いつつ会社に着いて仕事をして、そして家に帰る。玄関を開けると「おかえりなさい」と沙奈子と玲那が迎えてくれた。今日は月曜日だから絵里奈は向こうの部屋に戻ってるけど、絵里奈も含めたこの日常が生み出すものを受けとめたい。
お風呂に入って部屋に戻ると、沙奈子と玲那が次々と「おつかれさま」のキスをしてくれた。だから僕も、「ありがとう」とお返しのキスをする。これが僕の家族だから。僕が大切にしたいものだから。
いつものように沙奈子を膝に座らせて髪を乾かしてると、ここしばらくかかりきりだった莉奈の服がようやく完成したようだった。真っ白な可愛らしい膝丈のドレスだった。とても小学4年生の子が作ったとは思えない立派なドレスだった。
もちろん、細かいところを見ていけば未熟さは一目瞭然なんだと思う。でも、未熟なのは当然だ。どんな達人だって最初は初心者だったはずだから。それでもこれだけのものをこの子が作れるようになったのは、絵里奈や玲那のおかげなんだ。二人が沙奈子の才能を伸ばしてくれたんだ。僕一人じゃ決して今の時点ではここまではなれなかった。
これまでは、僕の選択は功を奏してきたと言っていい気がする。でもこれからも常に上手くいくとは限らない。そういうことがあったとしても、その結果を受けとめる覚悟があれば、何とか乗り切っていける気がする。
それが『生きる』っていうことなんじゃないかなと、僕は改めて思うのだった。




