二千百四十六 SANA編 「営業所みたいなのが」
五月十三日。金曜日。雨。
十六歳になり沙奈子が『SANA』のアルバイトとして働き出して二日目。
と言っても、別に何か特別な仕事をしてるわけじゃない。これまで通り、『ドールのドレスを作る』ことが仕事なだけで、これまでは『お小遣い』として渡していたものを、『給料』として渡すことにしたというだけだ。書類上もそういう扱いになってる。その代わり、これまでのお小遣いよりも金額はアップしてるけど。
でも、現状は僕の扶養からは外れない程度に抑えてある。そして、『ドールのドレスのデザイナーであるSANA』は、現状では絵里奈の別名義のという形のままだ。だから形の上では沙奈子は、
『デザイナーERINAのアシスタント』
という感じかな。顔出しはしないけど、ちらちらと『SANA』のHPにアップされる写真にも写り込んで、
『デザイナーSANAは実在する?』
って流れに持っていこうと考えてる。ただ、同時に、最近では、
『会社の見学はできますか?』
的な問い合わせが増えてきて、
「今のところは、『新型コロナウイルス感染症の問題もあり、見学については実施いたしておりません。ご理解ください』ってことで断ってますけど、いずれはそういうわけにもいかなくなるでしょうね」
絵里奈がそう言ったりしてるんだ。これに対して玲那も、
「だよね~。『聖地巡礼』はオタクの嗜みみたいな面もあるからね~」
って。
「確かに。今はそれで済んでても、これからもずっと断り続けるというのもね。住所は分かってるんだから勝手に来る人も出てくるかもしれないし」
僕も、「ふんがふんが!」と鼻息荒く僕の膝に座って自分の脚を持ち上げたり下ろしたりという謎の遊びをしてる玲緒奈を抱きながら言った。実際、それっぽい人がうちの前で写真を撮ってたりしてたというのを、千早ちゃんから聞いたんだ。中に入ってきたりするわけじゃないから今はスルーしてるけど、場合によっては無断で押し掛けてきたりっていう可能性も否定はできない。
「山下典膳さんのギャラリーの方がそういう窓口にはなってくださってたんですけどね」
困ったような表情で絵里奈が言う。実際、元々一般公開してるギャラリーの方ならそういう対応のノウハウもあるだろうから助かってたにしても、いつまでも甘えてるわけにもいかないか。合わせて、
「売り上げも、昨今の社会情勢を考えればほぼ横ばいをキープできてるというのはむしろ上等なんじゃないでしょうか。これで『新型コロナウイルス感染症』の件が沈静化したら今より忙しくなる可能性もあります。と言うか、外国からの注文もすごく増えてきてるんです。だから遠からず捌ききれなくなるかも」
という話もあって。
「もっとちゃんとした営業所みたいなのが必要になってきたのかもね」




