二百十二 玲那編 「オフ会の予定」
「それにしても、デートに行って来いって言われて真っ直ぐここに来たのって、今更だけど自分でもホント恥ずかしい…。これじゃ私、欲求不満だったみたいですね」
そう言って絵里奈はまた真っ赤になってた。
「でもでも、普通のデートっていうことだったら、家で一緒にいられるので十分だったからですよ!。家じゃできないことってなったらこれだからってことですからね!」
そんな風に必死になって説明する絵里奈を見てるともう、何だかすごく可愛くて可愛くて、ぎゅって抱き締めずにはいられなかった。
「そうだよな、沙奈子がいるところでこんなことしたら、それこそ逮捕されかねないもんな」
僕の胸に顔をうずめた絵里奈の体が、はっきりと熱くなるのが分かった。
「達さん…、まだ時間ありますよね…?。私、また欲しくなってきちゃった…」
そんなこんなで、さらに一時間ほど、僕たちは求め合ってしまったのだった。
ということで三時間ほど御休憩した僕と絵里奈は、そそくさとホテルを後にした。買い物はもう今日はいいかなと思った。すっかり日も暮れてたから、早く帰らなくちゃと思っただけだった。
「ただいま」
家に帰ると、玲那はものすごくニヤニヤとした顔で「おかえりなさ~い」と言ってきた。しかも絵里奈に抱きついて、
「あ~、お父さんの匂いがする~」
とまで言ってきた。すると沙奈子も玲那の真似をして、絵里奈に抱きついてクンクンと匂いをかぐような仕草を見せた。それだけじゃなく、
「ホントだ、お父さんの匂いがする」
だって。
さすがにこれには僕も絵里奈も、それどころか玲那まで焦ってしまってた。何か微妙な空気になって、
「ごめん、ふざけ過ぎた…」
と玲那が頭を掻いて反省してた。
まあそんなこともありながらも、僕と絵里奈はなんだかすっきりした気分になった気がした。これで僕たちは名実ともに夫婦になったんだなって思った。目が合っても、変にドギマギした雰囲気にはならなかった。段階を踏んだことで、もう中学生くらいの感じじゃなくなったっていうことなのかもしれない。
ただ、その後すぐに絵里奈がトイレに入って、出てきてから理由を後から耳打ちされた時は、さすがにドキッとしてしまったけど。
「これってけっこう垂れてくるんですね。歩いてる時も気になって…。今度からはナプキンしていかなきゃ」
僕の方はぜんぜんそういうことがないから、女の人って大変なんだなと思ってしまった。申し訳ない…。
夕食は冷凍チャーハンにベーコンとキャベツを足した絵里奈バージョンで手早く済ませ、沙奈子と絵里奈が一緒に先にお風呂に入った。
すると玲那が「お膝~」って言って座ってきた。やれやれと思いながら油断してると、ふっと振り返った玲那が僕の唇に自分の唇を重ねてきた。
「もう!、お父さん、油断してたらキスくらいもらうよって言ったでしょ」
ニシシって感じで悪戯っぽく笑いながら彼女は言った。しかも、
「ふむふむ、少々絵里奈の味がするキスだった気がするな~」
だって。だけどそのすぐ後でフッと笑った彼女の顔は、どこか寂しそうにも見えた。
「分かってたけど、応援してたけど、本当にそうなるとやっぱりちょっと胸が痛いな…」
…玲那…。
僕が口を開こうとすると、正面に向き直った彼女がそれを遮るように言葉を発した。
「ダメだよ。謝らないで。お父さんは謝らなきゃいけないようなことをしてないから。お父さんは絵里奈と結婚した。私もそれを祝福してる。応援してる。だからお父さんも絵里奈も何も悪くない。私がただ勝手にヤキモチ妬いてるだけなの。それだけだから」
僕に背中を向けたままで、玲那はきっぱりと言った。僕は何も言えなくなってしまった。
「私は、こうしてお父さんのお膝させてもらって、ぎゅってしてもらえたらいいの。今はそれだけで我慢できる…」
僕の腕を掴んで自分の体に回すようにした玲那を、後ろからそっと抱き締めた。彼女は黙ってた。黙って泣いてる気がした。
玲那は本当にいい子だよ。こんないい子、滅多にいないって気がする。もし僕がもう一人いれば…、いや、そんなこと考えても仕方ないな。そんなのはむしろこの子に対して失礼だ。僕は絵里奈を選んだ。例え僕がもう一人いたとしてもそっちの僕も当然、絵里奈を選ぶ。玲那を選ぶとしてもそれは絵里奈の次ってことだ。それは失礼なことだって気がする。
この子を一番に選んでくれる人がいてくれたなら…。ああでも、だからってその人このことを玲那が好きになるとは限らないのか。難しいな、本当に。だから僕はずっとこういうのを考えないように自分の気持ちに蓋をしてきた気がする。こんな風になりたくなくて、閉ざしてきた気もする。苦しいなあ…。
僕は、玲那のこともちゃんと好きなのに…。なのに絵里奈が一番なんだ。順番なんかつけたくないけど、自分に素直になったらそうなんだよな。
玲那は、秋嶋さんのことはどう思ってるんだろう…?。そんなことが頭をよぎりつつ、でも今聞くことじゃないような気がして、口にはしなかった。なのに、それを読まれでもしたのか、しばらくしたら彼女の方から、
「秋嶋さんたちのことは、今はまだただのオタ仲間だからね。今までの女の子の友達と同じ。生物学上は男性だけど、男性として好きとかそういうのじゃ全然ないから」
って。それに少しホッとしてる自分に気付いて、僕は思わず苦笑いしてた。すると急に玲那が僕の方を振り向いて、
「だけど今度、女の子の友達も呼んでオフ会することにしたんだ!、もしかしたらそこでカッポーができたりするかもね!」
と、すごく嬉しそうに言ってきた。落ち着いて気持ちが切り替わったんだって思った。
「ただね~、カメラ仕掛けたのが佐久瀬さんって人で、土下座して謝ってくれたんだけど、ま~だ信用できないんだよね~。あと、男性陣が全員、彼女らよりも年下ってのがね~、女子の一番年下が23で、男性陣の一番年上が22だってのがどうにもネックかな~。好きなアニメの傾向としてはばっちりなんだけどね~。沙奈子ちゃんのファンだっていうくらいだから、基本みんなロリ志向のはずだし~。女の子の方の半分はド腐ってるしな~、残りもロリ志向でかつライト腐りだし~」
顎に手を当てて、首をひねるようにしつつ独り言みたいに呟く様子に、僕は少し安心した。普段の玲那に戻ったんだって感じた。
「あ、そうそうそれと、秋嶋さんの部屋、ここより荷物多くて狭いの。そこに10人ってのはさすがに厳しいかな。ということで、カラオケ屋のパーティールーム借りてすることになりそうだからよろしくね。30日予定だから」
何がよろしくなのかよく分からないけど、まあそういうことなんだろうな。
やれやれと思いながらも、楽しそうに話す玲那の姿を見てるのは、僕も素直に嬉しかったのだった。




