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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二十一 沙奈子編 「日常」

月曜日の朝、沙奈子は今日もおねしょをしてしまって、なるべく僕に見られないようにしておむつを捨てていた。僕もあえて見ないようにして、朝の用意をしていた。


ところで沙奈子の方は、今日から学校でプールがあるらしかった。彼女が自分で用意したプール用品一式を入れたビニールバッグに、僕のサインが書かれた<夏休み水泳練習カード>を入れる。今度こそ部屋の鍵を忘れないようにビニールバッグに付け替えて、


「9時30分に家を出るといいよ」


と念を押し、


「お昼と晩御飯にはお弁当を買ってあるからそれを温めて食べてね。それから、クーラーは必ず点けること。温度設定は28℃にしてあるから暑かったら扇風機も点けて」


と伝えて、準備万端にして僕は仕事に行った。


しかし夏休みだから、沙奈子はずっと部屋に一人でいることになるのか。たぶん宿題とかして過ごすんだとは思うけど、何かもっと有意義に過ごさせてあげる方法はないものかと思う。だけど僕はこれまでそういうこととは全く無縁と言っていい生活をしてきたから、正直言って何もない。こういうことに詳しい知り合いもいない。ふと山仁さんのことが頭に浮かんだけど、別に困ってるっていうほどのことじゃないからこういうので相談するのはさすがに迷惑な気がする。


仕事中はもちろん仕事に専念してたけど、休憩時間とかになるとそういうとりとめのない事ばかり頭をよぎってた。僕が勤めてる会社は人の入れ替わりが激しいからほとんど人間関係らしい人間関係はなくてむしろそれが僕にとっては都合良かったけど、今はその分、いつも沙奈子のことばかり考えてるんだよな。心配って言うか何て言うか。


僕の両親はそんなことなかったって思うけど、普通の親はこれくらい子供のことを気にしてるのだろうか?。さすがにここまでじゃないにしても、もしかしたら子供が生まれたばかりだったりしたらこんな感じになる人もいるのかな?。


でも決して、嫌な感じってわけじゃなかった。沙奈子が来たばかりの頃は、彼女のことって言うか、困った困ったばかりが頭の中を駆け巡ってて、それに比べたら全然気分は悪くない。仕事を頑張ろうっていう気持ちにもなれるし。ただ、彼女が寂しがってないかとか、退屈してないかとか、とにかくそういうことばかり考えてしまう自分が不思議だった。


と、今日もそんな感じで仕事を終えて、家に帰る。


アパートが見えてくると、僕の部屋に明かりが点いてるのが見える。一階の一番奥。それが僕と沙奈子の部屋だ。鍵を開けて、


「ただいま」


と僕が言うと、


「おかえりなさい」


と沙奈子が応えてくれる。それがすっかり僕の日常になっていた。ほんの数か月前までは、自分がこんな生活をすることになるなんて思ってもみなかった。誰にも知られないまま、誰にも必要とされないまま、ひっそりと一人で生きて死んでいくんだと思ってた。それを辛いとも寂しいとも思ったことはないけど、でも、沙奈子と一緒の生活は素直に楽しいと思えた。


僕の兄がロクでもない人間だったばっかりにずっと辛い思いをしてきた沙奈子。目の前の人に怒られないように、怒らせないように、ただ従順に従うことで自分を守ってきた沙奈子。そんな彼女が、今、穏やかな顔をしながら僕を迎えてくれる。だから僕は、今、この生活を守ることこそが自分の役目なんだって、心の底から思うのだった。














とか言うと、何だかこれで終わりみたいだけど、人間の生活って、そんな風に区切りが付いたりしないんだよね。それに、必ずしも平穏なままじゃなかったりするし…。


まあそれは今は置いといて、僕の夕食は会社の社員食堂で済ませてきたから、後は風呂に入るだけだった。夜になってもけっこう蒸し暑くて気持ち悪い。カバンを下ろすと僕は早速、服を拭いで風呂の用意をした。そうしたら、沙奈子も服を脱ぎだしたんだ。


「え?。もしかして僕が帰ってくるのを待ってたのか?。一緒にお風呂に入るために?」


僕がそう聞くと、彼女は「うん」と頷いた。もう10時前だ。早い時にはすでに寝てることもある時間なのに、僕と一緒にお風呂に入りたくて待っててくれたんだ。


…そうか。考えてみれば彼女はたぶん、スキンシップってものをしてもらったことが無いんだと思う。僕も、沙奈子の頭を撫でたり、手をつないだりするまで、人間には体温というものがあって温かいんだっていうのをすっかり忘れてた気がする。今まではそんなもの無くても平気だって思ってたけど、たぶんこれからも無くても平気だとは思うけど、でも、それがあるとすごく安心するって言うか、落ち着くって言うか、単純にとにかく嬉しい。それは沙奈子も同じなのかもしれない。


正直、まだちょっと照れくさい感じはするけど、沙奈子がそうしたいって言うんならいいか。それに夏休み中だから、少しくらい夜更かししても大丈夫だし。


それで僕は、今日も沙奈子と一緒にお風呂に入ることにしたのだった。そして彼女の頭を洗ってあげた。さすがに体を洗うのは僕の方が恥ずかしかったから自分で洗ってもらったけど、沙奈子はお返しとばかりに僕の背中を洗ってくれた。体を洗ってる間に溜めて、彼女に先に浸かってもらっていたぬるま湯の湯船に僕も浸かると、彼女はためらうことなく僕の膝に座ってきた。ちょっと緊張したけど今更じたばたしたって仕方ないし、僕ももう気にしないようにして力を抜いて、二人してだらけ切った顔になった。


幸せって、こういうのを言うのかなあ……。


そのままお湯に溶けて消えそうな気分になりながら、僕はぼんやりそんなことを思ってた。


お風呂から上がると、沙奈子は今日もおむつを穿いて部屋着に着替えた。さすがに風呂から上がったばかりで寝るわけにもいかないし、昨日、日が暮れてから大型スーパーで買ってきた座椅子を使って、沙奈子を膝に座らせて、扇風機で髪を乾かしながら寛いだ。


いやあそれにしても、座椅子買って正解だった。腰の負担が全然違う。しかも僕も体を後ろに反らせるから、彼女の髪も気にならないし。その状態で、彼女に訊いた。


「宿題、どれくらいできた?」


その言葉に沙奈子は、テーブルの上のプリントをたぐり寄せて、僕に開いて見せた。すると、残りの10枚分、全部できていた。


「すごい。全部やったんだ!」


僕が言うと、振り返って頷いた彼女の顔が、少し自慢げに見えた。だけど、丸点けもしなきゃね。そう思って僕は、ちょっとやりにくかったけど沙奈子を膝に乗せたまま、丸点けを始めた。やっぱり間違いは結構あったけど、それでもすごいと思う。10枚全部直すには遅くなるからそれはこれから毎日少しずつするとして、髪もほとんど乾いたし、そろそろ寝ようか。


また布団を一組だけ敷いて、二人で横になった。


「おやすみ」


僕が言うと、


「おやすみなさい」


と沙奈子が応える。


彼女が寝息を立て始めるのを確かめると、僕もいつの間にか眠りについていたのだった。


その直前に明日もプールがあるのを思い出したけど、それは朝に用意すればいいかと僕は思った。


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