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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百九 玲那編 「パーティーの準備」

翌日、土曜日。今日はクリスマスイブということで、僕たちもささやかなクリスマスパーティーをすることになった。


それで玲那は絵里奈のおつかいで、沙奈子の午前の勉強が終わる前に出かけて行った。予約していたケーキを受け取るためってことだった。立派な自転車を持ってる玲那が適任ってことらしい。


今朝、玲那の様子は昨日に比べるとかなり落ち着いたみたいだった。笑顔も戻ってたし。そう見えるだけかもしれないけど…。


「ただいま~」


帰ってきた玲那の明るい感じにほっとしながらも、その明るさが逆にチクリと刺さる気がする。でも当の玲那は、「じゃ、行ってきま~す」と言って秋嶋さんの部屋に行ってしまった。


僕と沙奈子と絵里奈は顔を見合わせて、ちょっと苦笑いみたいな笑顔になってしまったりした。すると壁の向こうからやっぱり何人もの人の笑い声が聞こえてきた。玲那の笑い声も混じってた。まあ、楽しいんならいいんだけどさ。それに玲那が秋嶋さんたちと親しくなって為人ひととなりが分かってくれば、それだけ判断できる材料も増えてくるだろうし、そういう役目を担ってくれてると考えればいいか。


そこで僕たちは、三人でパーティーの用意を始めることにした。と言っても、ピザの出前を頼んだり、絵里奈が向こうの部屋から持ってきた小さなツリーを飾り付けたりする程度だけど。


それにしても、クリスマスパーティーなんてまともにやった覚えがない。子供の頃は両親が兄のためにそういうのをしてた覚えはあるけど、僕はそのついでという感じだった。兄は立派な玩具をプレゼントされて、僕のはいつも安売りされてるような型遅れのものだった気がする。それでも、そういうことに気付く前は少しは喜んでたような気がしなくもないけどね。だけどやっぱり、兄との扱いの差が単に年齢の差以上のものだっていうのに気付いてしまってからは、自分はこの家では要らない存在なんだっていうのを思い知らされるだけの日になってた気もする。


なのに、そうやってちやほやされてた兄は自分の子供を捨てて行方をくらますような人間になり、要らない存在だった僕はこうやって家族を得て、ささやかだけど幸せを感じられるようになるとか、本当に皮肉だなとも思った。


気を取り直して、ツリーを見る。高さ50センチもない小さなクリスマスツリーだけど、絵里奈と一緒にそれを飾り付けてる沙奈子の様子も、すっかり普通の10歳の女の子のそれになれた気がする。いろいろな飾りを手にとってはキラキラした目でそれを見て、どんどん飾りつけていく。手を伸ばした時なんかに時々、左腕の傷痕がちらちらと見えてしまうことに胸が痛むのを感じつつ、楽しそうな様子を見ていられればそれもいつかは薄れていってくれる気がした。


そして絵里奈も、とても楽しそうだった。僕が見る限りでは、こっちの部屋で沙奈子と一緒にいる間はちゃんと沙奈子のことを一番に考えてくれてると思う。志緒里や莉奈の服が時々変わっていたり髪型が変わっていたりする程度なら、あくまで趣味の範囲のことだと思える。彼女も、沙奈子と触れ合うことで人形に対する依存が和らいできてるんじゃないかなって思えたりもした。もちろん、人形趣味をやめてほしいと思ってるわけじゃない。続けるのは全然かまわない。人間を疎かにしないでいてくれればそれでいい。


今でも僕と絵里奈は、一日に1~2回だけどキスをする。沙奈子や玲那ともしてる挨拶としてのキスとはまた別の、夫婦としてのキスだ。しかもそれを交わすごとに、何だかお互いに意識するようになってきてる気もする。最初はただの挨拶のつもりだったのに、だんだん、それ以上のことを求める気持ちが湧き上がってきてる感じがする。唇を触れさせるだけじゃ物足りないっていう気が。


もちろん、沙奈子や玲那のいるところじゃそこから先なんてとんでもない。だからお互いそういうのを意識しそうになってることを意識しないようにはしてるんだと思う。だけど実は、いつも行く大型スーパーのすぐ近所に、何故か一軒だけぽつんとあまり目立たないけどラブホテルが建っていて、買い物に行った時に二人してそれを見てしまってたことがあって、そのことにお互い気付いてしまってすごく顔が熱くなったってことがあったりもした。だからもう、僕自身も認めるしかないっていうのは感じてた。


僕はもう間違いなく、女性として絵里奈のことを求めてるんだってことを。沙奈子や玲那に対するものとは全く違う気持ちを、絵里奈に対して向けてしまってるんだってことを。


クリスマスのこの時期にそれを認めることになるとか、いやもうほんとに何だろうなって感じだよ。そして今も、クリスマスツリーを飾り付けてる沙奈子の後ろで何気なくふっとお互いに目が合って、自然とまたキスを交わしてしまってた。胸がどきどきして顔が熱くなるのが分かった。絵里奈も僕と同じみたいだった。耳まで真っ赤になってた。僕も耳まで熱を持ってる感じがしたから、きっと同じように真っ赤なんだろうなって自分でも思った。


ああでも、このままじゃマズい気もする。今はまだ抑えることができてるけど、これ以上、気持ちが昂ってくると自制できるか自信がない。沙奈子の見てる前でなんてありえないとは思うのに、いつか抑えが効かなくなりそうで怖い。そんなことになったら、沙奈子に対する性的虐待が事実になってしまう。それはダメだ。


歩いてでも行ける距離にラブホテルがあるということは、これはもう二人でそこに行けということなのかなと思ってしまったりもする。


だけど、沙奈子を放って二人だけでそんなことをっていうのもある。なんでこんな面倒な気持ちになるんだろうな。今までずっと縁がなかったはずなのに。僕にはそんなの関係ないって思って来たのに。


ただ同時に、絵里奈に対してそういう気持ちになれたっていうことについては、素直に嬉しいとも思える。だって、絵里奈は僕の奥さんなんだから。奥さんに対してこういう気持ちになること自体は、決して悪いことじゃないはずだから。


何てことを思っていたら、沙奈子がこっちを振り向いてた。ドキッとなった。キスしてたことに気付かれたかな?。けれどキスくらいならもうそんなに気にしないと思うんだけどなんて思考が頭をぐるぐるしてた僕に、沙奈子は言った。


「お父さん、お母さんのこと好き?」


真っ直ぐに見つめてそう聞いてくる彼女に、僕は少し焦ってしまうのを感じてた。質問の意図を深読みしてしまいそうになりつつも、


「好きだよ。大好きだ」


って正直に答えた。変に捻った答えを返すよりもその方がいいと考えた。すると沙奈子は、ふわっと笑った。僕の隣で絵里奈がさらに真っ赤になってるのが分かった。


「私も、お父さんとお母さん、大好き!」


そう言ってくれたこの子の笑顔を守らなくちゃいけないと、僕は改めて思ったのだった。


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