二千七十二 役童編 「そういう時のために」
二月二十八日。月曜日。晴れ。
今日で二月も終わり。いよいよ卒業式まで二週間余り。本当に中学校生活も最終盤だ。
「ぶんどどぶんどど!。いか!。くらげ!!。どどどどど!!」
玲緒奈が何やら謎の呪文を唱えながら、お尻を床に付けたまま脚だけで掻くようにしてずりずりとウォール・リビング内を進撃してる。彼女の頭の中ではどんな光景が見えているのかすごく興味があるけど、それは決して見えないんだよね。残念だ。
でも、だからこそ、僕と彼女は『違う人間』なんだって改めて実感する。そしてそれは、沙奈子に対してもそうだし、絵里奈に対してもそうだし、玲那に対してもそうだし、千早ちゃんに対しても結人くんに対しても、もちろん大希くんに対してもそうなんだ。みんな『僕とは違う人間』で、それぞれ心がある。その事実を僕はちゃんと理解しなきゃいけないと思ってる。僕がそれを態度で示さないと、玲緒奈も感覚として掴めないと思う。
親は子供に対して『手本』を示さないといけないんだ。自らの振る舞いそのもので。
僕はそれを忘れたくない。親からそれを学ばなかった子が、他の誰かをわざと傷付けられたりするんだろうなとしか思わない。沙奈子も千早ちゃんも結人くんも大希くんも、誰かをわざと傷付けようとはしない。僕たちがそんなことしなくてもいいっていう手本を見せられてるからだって実感がある。
そうだよね。どうしてわざわざ誰かを傷付けようとしなくちゃいけないの?。気に入らないから?。
『じゃあどうして、気に入らないからって傷付けなくちゃいけないの?』
って話になるんじゃないのかな?。だって僕は別にそんな風には思わないよ?。相手から何かされたんならともかく、何かされたわけでもまったくないのに、ただ『気に入らないから』ってだけで傷付けなきゃいけない理由がどこにあるって?。
それって、沙奈子が愛想よくできないのが気に入らないからって彼女を傷付けようとするのと同じだよね?。そんなこと、納得できるわけがないじゃないか。沙奈子はその人に対して何もしてないのに。
そんな理不尽がまかり通る世の中が本当に望みなの?。
僕はそんなのにはまったく共感できないよ。だから大希くんのことも、僕が苛立つ必要はまったく感じない。
『もう卒業式も近いのに!』
とか言って彼を責める気にはまったくなれない。だって、そんなの、僕や沙奈子には何の実害もないからね。『うじうじしてるのが気にらない!』なんて、それ自体がただの我儘でしかないよ。僕はそうとしか思わない。
気に入らないのなら関わらなければいい。関わらないといけないとしても、そういう時のために『社交辞令』というものがあるはずだよ?。どうしてそれを教えないの?。自分の子供に。




